雨の神様花火好き

 今年の夏は雨ばかりの夏である。先月中旬信州に梅雨明け宣言が出された前後の数日間夏の陽射しが照りつけ「いよいよ夏本番」を思わせたのも束の間、7月下旬頃からは梅雨に逆戻り。楽しみにしていた皆既日食が雨でオシャカになったのはまだ記憶に新しく今だ悔しさがこみあげるのであるが、8月に入ってからも天候は不安定であったがこのままでは夏が終わってしまうということで8月6〜7日、1泊で戸隠キャンプ場へと出かけた。
 この夏4度目の戸隠キャンプ計画で過去いずれも雨で中止となっており、今回も事前の予報によると週間天気の段階ではなかなか好天が期待できたのだが日が近づくにつれ悪い予報になっていった。前日の5日は上田の花火大会があり開演より少し遅れて家族で上田入りをしたのだが直前までザーザー降りだった雨が上がって非常にナイスなタイミングで現地入りをし花火見物をすることができ、フィナーレが終わると同時に雨が降り始めた。ようやくオレにもツキが回ってきたか、このツキを持ってすれば明日のキャンプなど屁でもないなヘヘヘ・・、と思った。
 6日の天気はかなり怪しい予報なのだが7日は回復しそうであり6日のキャンプ場到着時だけでも天気が持ちこたえてくれれば午後から雨が降っても7日は晴れて濡れてしまったテントやタープなども干して乾かしてから帰宅することができる。そして多少の雨が降ってもタープも張るしテントも雨風に結構強いモデルなので快適に過ごすことができるはずであった。
 6日朝、戸倉は薄日が差すような天気で蒸し暑く避暑に戸隠へ逃げるにはいい日和であった。途中で食料調達を済ませ11時頃戸隠キャンプ場へ到着。今回は小玉スイカ1丸付きだ。こちらも戸倉と同じような陽気で予報よりはいい天気で幸先の良いスタートだ。ただ昨日の予報では大気の状態が不安定で激しい雷雨があるでしょう・・と言っていたし実際空に広がるもくもく雲がそういった感じの空模様ではあった。
 到着して受付を済ませると本日のテント設営地を探し彷徨う。広い場内でありさほど混んでもいないのでいくらでも選択の余地はあるのだがなかなかこちらの要求も多くて本日のお宿選定にはこだわるのだ。日当たり良好駅徒歩5分築2年全戸南向き駐車場完備・・じゃなくてトイレと炊事場が近くて日当たりが良くてテントが密集していなくてハンモックを吊るのに適した木があって平らなところ・・といったいろいろな要求がこちらにはあるのだがこちとら勝手知ったる常連さんなので場内を一回りすればだいたい「この辺にしましょう」という場所に行き着く。
 そして今回も前述の条件をほぼクリアするお宿(建設予定地)に辿り着き、テント設営を無事済ませたのだが後になってテント設営地要求の最後の項で述べた「平らなところ」が仇となることをまだ知らない我々なのであった。
 昼は涼しくざる蕎麦つるつる。そして昼食後は暑いので場内の川へ行く。親子でどっぷりと川に浸かって遊び、その後は「丸」で買った小玉スイカを食べる。場内の湧き水で冷やしておいたので冷え冷えだ。大量のスイカをガツガツ食い、1.5Lペットで持ってきたコーラをグビグビ飲みちび子はその後小便小娘となって便所へ通うこととなる・・と、ここまでは完全に楽しい夏キャンプであった。
 この時期の戸隠キャンプ場は東京や大阪などからも大勢のキャンパーが訪れており、お金持ちが多いので各サイトを見てまわると最新のキャンプ道具や高級RV車などが展示してあるようで楽しい。金持ちは高級大型RVに乗りスノーピーク製キャンプ用品を愛用するのが多いようで、当キャンプ場で1番幅を利かせているコールマンは比較的庶民に多いようであるという信濃千曲川通信社での調査結果もある。
 17時頃それらを見物しに場内巡回を開始した。そしてちょうど1週し終わる頃ポツポツと大粒の雨が降り始めた。予報通りの夕立である。結構雨は激しかったのだが風がなかったのが幸いでタープの下では晩飯の焼肉の準備が粛々と行われた。昨年ネットオークションで購入されたモンベルのウイング形タープ(絶版品)は排水性がよいというウイング形の特徴を遺憾なく発揮し、他のサイトでタープに溜まってしまった雨水を排水している光景などを見物しながら雨中のひとときを過ごした(趣味悪)。今回のキャンプ、夕立に降られるというのはもう折り込み済みなのだ。
 18時過ぎに米も炊けて卓上コンロに炭を入れお肉やウインナの準備も整ったあたりで少しヤバイことに気付いた。我々がテントを張ったりテーブルを出したところはつい最近までは常設テントが張られていた跡地で平に整地されていたところであった。このキャンプ場は戸隠山の麓の全体がなだらかに傾斜した牧草地のようなところにあるので完全に水平な土地というのが非常に少ないのだ。
 通常は多少の傾斜は苦にならないので傾斜地にテントを設営してしまうのであったが今日は本当に地面が水平でしかも簀の子が敷いてあった跡地でそこだけ草もあまり生えていない一見すると特等地のような所を見つけたのだ。だがそういう土地は大雨が降り続くと水が溜まりやすかった。近隣にあった同じような常設テント跡地は皆大きな水たまりとなっていた。そして我々のダイニングスペースも大きな水たまりとなってテーブルの脚は水に浸かりその水深はサンダル履きの私の脚のくるぶし付近まで来た。
 急遽スコップで排水路が掘削されたが降り続く大雨により流入する水量が多くて排水が間に合わないというのが現状であった。それよりも心配なのがテントであった。同じような跡地に設営されたテントは跡地全体を覆うような形で設営されているのでテントの下がどのような状態になっているのか見ることができないのだが水たまりの上にテントを張ったような状態になっているのであろうということは容易に想像がついた。
 それでも外は大雨なのでテントを移設したりテント周辺に排水路を掘削したりということはできる状態ではなかった。時雨量20mmほどの大雨が降り続いていたのでずぶ濡れになってしまう。よって雨対策を施すことはできずそのまま大雨の中夜の焼肉大会は決行されたが大雨の中といっても濡れるのはサンダル履きの足のみでタープに守られダイニングは比較的快適で炭火焼肉は美味しく完食され、ちび子もご満悦であった。
 食事を終え19時をまわった頃から雷が鳴り始め、場内放送によりテントは危険なので車の中か管理棟の建物内に非難してくださいとの放送もあった。テントは落雷の危険があり我々も家族で黒こげではシャレにならないので車の中に避難した。
 ラジオにしばしばノイズが入り近所に落雷しているということがよく分かった。車の中でラジオを聞きながら避難すること約1時間、相変わらず大雨は降り続いていたが雷は遠ざかったようなのでテントへ移動してさっさと寝ることにした。しかしテントの下やフロアがどういうことになっているか心配である。魚じゃないので水の中で寝ることは避けたい。
 とりあえずランタンを持ってテントへ転がり込む。外は大雨なのでちょっとの移動でも服が濡れてしまう。場内の道路は川のようになっている。テントの中をみわたすと池のようになっているのではないかと心配されたが意外にも見た感じは普通であった。しかしフロアマットレスを手で押すとプカプカとした手応えで、「水の上にテント張ってます」というのは明らかな状態であり、マットレスの下は結構濡れていてテント内への浸水も始まっており、これはもう家族で気持ちよく寝られるような状態ではなかった。魚とまではいかないが両生類が喜びそうな環境であった。
 幸い大雨であったためこの時までテントに行くことがなかなかできず、就寝準備もできず寝袋等寝具も袋に詰めたままの状態であり、濡れずにテント内に置いてあったのでこれら寝具を急遽車へ移動させて車中泊へ切り替えることとした。
 積載されていたキャンプ道具はすべて外へ出されていたので車内は広く急な車中泊切り替えには十分対応できる状態ではあった。大雨でテントがダメになってしまった方はバンガローを御利用ください(有料)との案内放送が流れる中、しなちく1号本領発揮なのだがあまり嬉しいものではなく、このような場所にテントやリビングを設営してしまった自分の危機予知能力の甘さが恨まれた。まったくシロウト丸出しのミスである。
 実はこれまでにキャンプや野宿をかなりの数をこなし、そして幾度かこういった危機に直面したことがあった。横浜在住時代は西丹沢の某所をホームグラウンドとして仲間と数々のゲリラキャンプを催行した。
 そこはキャンプ場ではなく、山深い渓谷の砂防ダム上にできた河原なので車を近くまで寄せられないうえに鉄砲水の危険すらあるような所で駐車場からえっちらと数百m荷物を運んで沢へ降りてテントを張って、雨にもよく降られて雨中での撤収作業などいうのも何度も経験した。天気が良かったのに川が朝方急に増水してテントが半分水に浸かったこともあった。
 私が長野へ転勤してそこへ行かなくなってから数年後そこで大勢のキャンパーが鉄砲水に流され10名以上が命を落とした。
 また一人で毎年行っていた四万十川でのカヌーツーリングでは野宿中に台風が上陸直撃して川がどんどん増水して野宿していた河原がだんだんと水に浸かってきて、「真夜中なので朝までなんとかここで堪え忍びたい」という思いもむなしく深夜2時に撤収避難を余儀なくされ、テントやカヌーを河原で片付けて一瞬雨が止んだ隙を突いて1km程離れた高台にあった鉄道の駅まで避難、翌朝河原は濁流の下であった・・・などという危機一髪も体験した。
 これら経験値の高さのわりには今回はお粗末な事態であり恥ずかしい。
 テントは「張り捨て」として横に停めてあったしなちく1号に全員避難していつものように車中泊となった。ザーザーと叩き付けるような雨の中、窓を開けることなど当然できないが高原であり気温が高くないのでいつもと同じように快適に就寝できた。自動車の耐候性というのも大したものである。
 テントは張り捨てとなって翌日撤収されるわけなのだが、先述した西丹沢での遭難事故も「無謀なキャンプ、避難命令を無視」と言い伝えられることが多いのだが実際にテントを張ってしまうと撤収はかなり面倒でそれが大雨の中であったり車から離れていたりしていればなおさらで「無謀」の一言で片付けてしまうのは簡単だが流されてしまった人たちの気持ちもよく分かるのだ。
 21時過ぎようやく雨も小降りになり時々止むようにもなった。雲の切れ間から星も見え始めたようで明日はなんとか天気は回復しそうな見込みで、うまくいけば濡れてしまったテントやマットを干すこともできそうだ。そんな期待と裏腹に翌朝の天気は雨。
 ザーザー降りではないがしっかりと雨の降る中しなちく1号の車内はなかなか快適で、もぐもぐと朝食中なのであったが外で雨の中設営されたテントやリビングを撤収することを考えるとかなり憂鬱な気分になる。そのまま家に帰っちゃって後日天気のいい日に撤収に来るなんてのも考えたけどちょっとさすがにそれは無理かも。
 いろいろと撤収方法を考えまず母子を車から追い出し屋根付きの炊事場などで昨夜の喰いっぱなしの食器などを洗っていただきその間にまずしなちく1号を車中泊モードから通常モードへ戻す。そしてずぶ濡れになってもいいように海パンに履き替えテントなどの撤収を行う。タープの下でテーブルや椅子、食器などの小道具をチャキチャキかたづけて、最後にテント、タープなどの濡れものを大きなナイロンバックにそのまま放り込んで後日虫干しということでしなちく1号に積み込んで終了。
 幸い撤収作業中雨が止んで作業もはかどり短時間で面倒で憂鬱な撤収作業も終了した。今日(7日)は金曜日とあってこんな嵐の翌日であっても帰る人は少なく、濡れテントを撤収して帰宅する我々は「負け組退場」の雰囲気ぷんぷんであったのだが遠くから夏休みを取ってはるばるやってきてそう簡単にはすごすごと帰れないというのが実状だろう。ちび子も含めて元気なのは子供達ばかりで(せめてもの救い)大人は皆疲労困憊の様相である。
 グジョグジョになったキャンプサイトでタープやスクリーンタープに籠もって朝食を摂っている光景も楽しいキャンプというより難民キャンプといった面持ちだ。そして帰る頃になって昨日の大雨被害の全容が明らかになってきた。
 キャンプ場につながる県道が土砂崩れで通行止めになって長野市内方面へは抜けられなくなった。逆方向野尻湖方面は大丈夫だったので大事には至らなかったがこちらも道路の至る所に土砂が流出していて自然片側車線規制状態。近隣の住居では土砂災害による半壊や浸水被害も発生、JR信越線、飯山線は始発から運休、午後になって国道18号も土砂崩れで通行止めに。
 我々は信濃町野尻湖ICより高速道路経由で帰ったので難は逃れたが大変なときにキャンプなど悠長なことをしていたようなのであった。
 帰宅後戸倉町は時々陽の差すような曇りの陽気であったのですぐに虫干しを開始したのだがさすがキャンプ用品、日に当てるとすぐに乾き昼過ぎにはすべての濡れ用品が乾いてしまった。
 ありがたいありがたいと思っていたら15時くらいからまた雨降り。今日は地元戸倉の花火大会で家族で河川敷に見物に行く予定だったのだが雨は全く止む気配がなく降り続いた。ちび子が「花火行く行く」と騒ぐ中、晩飯を食べ終え「今日の花火大会ヘタしたら中止だなあ・・」と思った頃雨は急に上がり雲が切れ始めた。
 先日の上田花火大会に続き土壇場で雨は止み家族でしっかりと花火見物をすることができた。花火の時だけはお天気の神様が味方についてキャンプやお出かけの時はお天気の神様がお怒りのようなのである。今年の夏は家族で遠出してはならないという暗示なのかなあ・・・