しな子デビュー(1) 1.車掌デビューする。
・・・1999年7の月、恐怖の大王とやらは、とりあえずこの辺には降りて来なかったらしい。ので、無事8の月を迎え、私は車掌デビューを果たした。1999年7月なんてかなり先の話で、その頃日本は大混乱だろう、やれやれ私の人生24歳女盛りで終わりか・・・なんて漠然と思っていた当時は、まさか自分が鉄道員、それも車掌になっているとは考えもしなかった。不思議なものである。
女性の車掌は、この辺りではまだ数少ない。当社では、私と先輩ののんちゃん(二十歳)がいるだけだ。良く言えば、男女平等社会の象徴。悪く言えば動物園の珍獣扱い。どちらにしても、日々、意外そうな、もの珍しそうな好奇の視線にさらされていることには、変わりない。
私はもっと地味にひっそりと、さりげなく社会に貢献して生きたかったのだが、どこで道を誤ったのだろう。しかし今となっては後の祭りだ。あきらめて開き直るしかない。
注目されるからには、良く思われたいのが人情、女心というものである。ホームを歩くときの姿勢、行動など、常に人の目を意識して、緊張してしまう。長野県一かわいいと(信濃千曲川通信社では)評されている、のんちゃん(しつこいけどハタチ)と張り合おうなどとは、最初から思っていないのだが、その辺の女心は複雑だ。複雑すぎて自分でもよくわからない。
人の視線と、慣れない仕事による緊張感に加えて、泊まりを含めた不規則な勤務時間、ほとんど立ち仕事の労働。その結果、見習い乗務の1ヶ月で、体重が2キロ減少、ウエストも約2センチ細くなった。しかもリバウンドなし。
我ながら快挙である。「車掌ダイエット」、これはオススメだ。食事制限なし、痩せられて、しかもお金がもらえるのだ。なんてお得。ありがたやありがたや。
まあそれくらい痩せたからと言って、男性社員に「きれいになったね!」と言われまくるとか、憧れの先輩から告白されたとか、そういうことがあるわけではない。所詮は自己満足。いいんだけどさ、それで。
そんなわけで(どういうわけかは不明)、めでたく車掌デビューを果たした私ことしな子(仮名)に、信濃千曲川通信社の編集長から指令が下ったのである。
「エッセイを書け。」
日本初(当社比)の、女性車掌によるエッセイは、この一言から始まることになる・・・
ところでこの職場のいいところは、女性だからといって特別扱いされないところである。電車に乗務して、ドアの開閉や、安全かつ定時運行に関わる仕事だから、男女の区別はない。それ以外、例えばお茶くみやコピーも、いままで女性がいなくて自分でやるのが当たり前になっているので、女だからとおしつけられることがない。セクハラなんかも気を遣ってもらっている。と思う。例外というのはどこにでもあるものだが。
一番の違いは、やはり施設面。今年4月の労働基準法などの改正で、女性も泊まり勤務につかせることになったのはいいが、女性用の設備が完全には間に合わなかった。
電車の終着駅にある乗務員宿泊所、略して乗泊が、各地に整備されていないのだ。男女別になっているのは、少し前に改装した、運輸区のある駅だけである。男女の区別をしないとなると、二段ベッドの上下とはいかないまでも、同じ寝室で寝ることになってしまう。
これはまずい。多分、非常に、まずい。
想像を絶するまずさだ。翌朝仕事どころではなくなってしまう。男と女がひとつ部屋で泊まったからといって、必ずしも何かあるとは限らないのだが、事実はともかく人の目は「何事もなかった」で許してはくれないだろう。セクハラどころの話ではない。だいたい、いくら疲れていても、そんな状況でよく眠れるとは思えない。
だったら改装して女性用宿泊室をつくって、それから泊まり勤務を取り入れれば良さそうなものだが、そうはならなかった。
駅前のビジネスホテルなど、宿泊施設と契約して、女性駅員・乗務員はそこに泊まることになったのである。バス・トイレ付き、当然個室の乗泊は、男性社員に羨ましがられた。
女性を特別扱いしていると思われても仕方ない。ごめんなさい。でも、運輸区の休養室のように、最初から男女別の寝室になっていれば、何も問題はないのだ。従来の男性社会に進出していく女性の宿命であろう。私なんか二期生だけど、一期生の女性はもっといろいろ苦労したんだろうなあ。・・・会社の内情を、現役のくせに暴露してしまっていいのだろうか。早くも存続の不安を感じつつ、以下次号。