熊野花火紀行

 ご存じだと思うが花火というのはとても金がかかるのに花火見物はタダである。あのきれいで豪快な花火がタダで見れるのである。なんと景気のいい話であろうか。
私は花火が大好きであるので夏はあちこちへ花火を見に行くのである。金のかからない夏のバケーションといったところであろうか。
 しかし現地までの交通費は当然自分で払わなければならないが、その交通費にいくらかけられるかがその人の花火に賭ける意気込みの分かるところであろう。
この夏私は三重県の最南端、和歌山との県境にある町、熊野市まで2万円を超える交通費をかけて花火を見に行ってきたのだった。
 この花火は毎年8月17日に行われるが会場が海であるため、天気はもとより風が強いとうねりが出るので天気が良くても延期になってしまう。もう10回以上見に行ってるが幾度となく延期になっているのである。
 この二日前私は楽しみにしていた諏訪湖の花火大会に食中毒で行けなかったのでことのほかこの花火には気合いが入っていた。
 長野を朝出て特急電車を乗り継ぎ熊野市へは4時くらいに着いた。この特急列車は半端じゃなく混んでいたのだが私はみどりの窓口電話予約センターにしつこく毎日電話をしていたら、ある日キャンセルが出たらしく奇跡的に指定券を入手することが出来たのだ。おかげでゆっくり座って行けた。
 沿線にはたくさんの鉄道マニアがカメラを構えていた。花火の臨時列車がたくさん走るのでそれを撮るようだが、私としてはそんな物撮ってる暇があったら花火を見に行った方がいいと思うのだが、それは価値観の違いというもので、私にしても他から見れば花火を見にわざわざ長野県ふんだりから来るんじゃねえといった感じなのだろう。
 熊野市へ来るのは5年ぶりくらいだ。以前は毎年のように花火を見に来ていたのだったが、ここのところご無沙汰でちょっと故郷へ帰ったような気分でもあった。
 熊野市の花火というのはけっこう大きな花火大会で、この小さな町に何十万人という人が訪れる。時刻表の8月号の臨時列車の項を見ていただければ分かると思うが数多くの花火列車も運転されるのだ。今年は3尺玉の打ち上げもあるようだ。
 浜辺の花火会場に着くと早速良さそうなポジションを探す。一人だとどこにでも潜り込め、三尺玉打ち上げ船の真ん前の見晴らしのいいところに陣取ることが出来た。ここは寝そべって見ることも出来るスペースもある好ポジションだ。
 待つこと3時間半ようやく花火が始まった。さすがは全国有数の花火大会、プログラム途中のスターマインでも地元の花火大会のフィナーレぐらいのスケールがある。どの花火も見応えのあるものなのだが特に今年の見どころは5つ。
 すべてプログラムの後半にあるのだが、まず熊野花火愛好会提供のスターマイン。これは毎年かなり派手なスターマインを見せてくれる。フィナーレの花火ではないかと思ってしまうほどである。
 そして3尺玉の打ち上げ、それと海に3尺玉を浮かべてそのまま点火する3尺玉海上自爆。これは熊野市の花火大会の名物である。3尺玉というのは直径700メートルにもなるのだ。
 更に今年初のお目見えらしい、色の違う2尺玉を500メートル間隔で海に浮かべて、同時に点火する海上自爆。これは4つの大きな扇が2キロメートルにわたり海上に広がるえらく迫力なあるものだった。
 そしておなじみの鬼ヶ城(おにがじょう)大仕掛け。花火会場である七里御浜という浜辺の左手に異様な形をした「鬼ヶ城」という天然記念物にもなっている岩場があり、そこを舞台に2尺玉数発を含む約2000発の花火をだいたい13分にもわたってうち続ける超迫力ものの花火でありこの花火大会のフィナーレでもある。
 中でもすごいのはラスト2分くらいから始まる鬼ヶ城の岩場に直接仕掛けた大玉の花火を自爆させるもので、音が岩に反射して体を突き飛ばすような大音響となって響いてくる。私は個人的にこの鬼ヶ城大仕掛けはひとつのプログラムとしては、日本一ではないだろうかと思っているのである。
 そして花火が終わると混雑がすごいのだ。臨時列車はたくさん出るのだが田舎なので定期列車がほとんど無くなかなか客がハケないのだ。列車待ちの列はゆうに500メートルを超えていた。
 私は並ぶのが嫌なので浜辺の人いなくなった桟敷席でごろっと横になっていた。浜にはまだ大勢の人がいて、またテキ屋の兄ちゃんたちが後片づけに大忙しであり花火の終わった後もかなり賑やかであった。
 最終の亀山行きの列車は0:58発である。まだまだ時間があるがそれでもかなりの混雑にになるので、いっそここで寝てしまおうかと思った。寝袋も持っているのだ。
 ところが12時近くになって雨が降ってきたのでそうもいかなくなってしまった。やむを得ず駅に行くとまだ200メートルくらいの列がありそこに並んだ。あわよくば最終の一本前の亀山行きに・・・と思ったのだが残念ながらあと一息のところで改札札止めになってしまった。
 列車は遅れていて結局乗れたのは1時半頃であったが、一人ということもあって混雑の中うまく座れたのは幸いだった。終点まで乗る人はあまりいないため途中からがらがらになったので横になって寝ていったのだが冷房がえらく利いていて良くは眠れず、寝たり起きたりを繰り返しながら4時半に亀山に着いたのだった。
 その後も列車を乗り継ぎ家についたのは10時過ぎ。帰宅後は夕方近くまで深い眠りにつくのであった。