板前修業

 ちび子が生まれてからというもの旅行に行かなくなって(行けなくなって)久しい。以前は年に何回も出かけていたものだった。しな子が妊娠する前の年などは1年間に本州四国九州北海道すべてを制覇したくらいであった。
 その旅行に行けなくなってしまった欲求はどう解消されるのであろうか。それは物欲を満たすことで解消されるのであった。この春ついに新しいパソコンを買ったしまった。パソコンに続いて周辺機器も買い揃えてしまった。そしてこの次に来るものは・・・。
 最近「アジ」に凝っている。「アジ」とは「味」じゃなくて魚のアジである。漢字で書くと「鯵」。そんなの分かってるって?・・こりゃ失礼。
 スーパーで鮮度の良い大きなアジが安く売っているのだ。その時にもよるが35cmもある大アジが250円とか。こんな長野の山奥(ってほどでもないのだけれど)で刺身にできるような鮮アジが売られているとは流通の進歩というのもありがたいものだ。
 もともと大衆魚であるアジもお刺身コーナーで切り身になって売られているものは決して安くはない。「丸」で売られているから安いのだ。しかし「丸」で売られているからには自分で捌(さば)かなければならない。包丁の扱いには定評のあるわたくしはアジの解体作業にとりかかった。
 最初のうちはウムム・・といった出来栄えだった解体作業も数をこなすうちにみるみる上達していったが解体作業をする上での根本的問題に直面していた。「包丁が切れない」。
 我家には菜切り包丁の良いものはあって鋼製でちゃんと砥いでもらっているので切れ味もすばらしい。しかしその包丁のほかにはステンレス製の文化包丁があるだけなのだ。切れ味も良くないので時々簡易包丁砥ぎ器で砥いでいるのだがそれでもトホホな切れ味なのである。
 そんなある日、我家に購読しているカタログ雑誌「通販生活」が郵送されてきた。その日は折りしもアジの解体作業をした日であった。スーパーにアジを買いに行って帰ってきたら郵便受けに通販生活が入っていたのであった。
 中をペラペラとめくっていると電動包丁砥ぎ機が。いきなりわたくしのハートのストライクど真ん中なのである。少し落ち着きを見せていた物欲の炎に油を注ぎ込んだのは言うまでもない。お値段は約20000円。決して安くはない。むしろ高い。しかしこの機械は片刃の包丁も砥げるのだ。片刃、すなわち出刃包丁も砥げると言うことである。
 ネットでステンレス出刃を調べてみると5000円前後で売られているようである。セットで欲しい。そして思う存分魚を捌きたい。私の心は出刃と砥ぎ機に完全に奪われてしまったのだ。
 なぜステンレスなのかというとわたくしの頭の中には自動包丁砥ぎ器=イコール=ステンレス包丁という公式があったのと(あとで前述の製品はハガネ包丁も砥げる機械だということが判明する)しょっちゅう包丁が砥げるのであれば切れ味に関しては心配しなくても(ハガネのほうが材としては良い)砥ぎたてならハガネに遜色なく切れるであろうからさびないステンのほうが便利かと思ったのだ。
 とりあえず安いほうからということで砥ぎ機でなくて包丁のほうからネットで物色してみた。時は6月29日、ネットの楽天市場で検索すると、まああるわあるわ・・・。
 実は6月30日が有効期限の楽天ポイントなどが1600円分ほどあったので楽天市場で出刃包丁を安く調達しようという魂胆だったのだ。
 高いものは20000円くらいからある。長く使うものであるからいいものが欲しくなるのはヤマヤマなのだが自分で刃を砥ぐこともできない素人の分際で「正本作・本霞・玉白鋼 出刃」なんての買っても包丁に申し訳ないのでお値段の安いほうからチェックしていった。そのかわりステンレスでなく切れ味の良いハガネ製のものを購入して電動包丁砥ぎ器も後に購入してこまめに砥ぎながら使っていくのが賢い素人ではないかとの結論に至ったのだ。
 結果、おねだん税込み2800円、送料代引き手数料別の商品をポイント1600P使用により2000円ポッキリで入手したのだ。注文を入れたのは29日の深夜だったのだが7月1日の朝に商品は届けられ、その日の晩飯において早速入刀式が行われた。お相手はもちろん鯵。
 スーパーつるやで購入した富山産中アジ3匹450円。近所にスーパーは数多くあるが魚に関してはつるやが抜きん出てている。詳しい者に聞くと前身が魚屋だったらしい。
 さかなに刃を入れると明らかに違う切れ具合。感動しつつも作業は黙々と続けられた。この春以降何回目の鯵捌きになるであろうか。しかしながら完成品の出来栄えは今までのステンレス文化包丁作製のものと変わらないイマイチの出来栄えだったのは悲しい現実であった。
 だが作業がし易くなったのは紛れもない事実。さらなる修練によりより美味しい鯵のタタキができるようになるのは間違いないであろう。板前の道は一日してならずなのだ。