社員旅行で一人旅

 どこの会社でもこの時期多いのではないかと思う「社員旅行」。我がしなてつ運輸区でも御多分に漏れず行われたのだが、「自由参加」であるため不参加者が増え年々規模が縮小してしまい、今となっては「社員旅行」と言うより「同志の旅行」と言ったほうがいいくらいにこじんまりとした旅行になってしまった。そんな1泊同志旅行に5時間ほど設定された「自由行動時間」での旅のレポートなのである。
 10月25日、氷見1泊旅行の2日目。氷見グランドホテルマイアミといういかにもいかがわしい名前のホテルを出た我々は貸し切りバスに乗ってフィッシャーマンズケープという、まあ言ってみれば観光客相手海鮮土産物販売施設へ向かった。幹事様の予定では到着後1時間ほど買い物などをしてそこから遊覧船に乗り、その後再びバスで高岡城へ行き一旦解散、各自昼食後14時30分再集合・・帰途へ、というスケジュールとなっていた。ところが幹事様の方で会計上非常によろしくない事態になっていたようで・・詳細については割愛するが前の晩ホテルに於いてみんなでオッパイなどを揉んでいたら予算が足りなくなってしまった・・と大雑把に言うとこういう事なのだ。
 幹事様としては個人的には遊覧船に乗りたくてしょうがないらしく、遊覧船は代金個人負担自由参加、不参加者についてはこれより自由行動、14時30分高岡城集合という思い切った予定変更がされた。幹事様はたとえ一人になっても遊覧船に乗るつもりらしい。遊覧船はオッパイに形を変えてしまったのだ。
 遊覧船などに興味のないわたくしとしてはこの後の行動を考えねばならなかったが、遊覧船に乗りたいという者は極少数でほとんどの者がこの後の行動を模索することとなった。しかしわたくしはこの地へは何度か来ていたので土地勘もあり行動計画はスバヤク決定された。題して「独り彷徨う新湊」。
 ちょうどその頃「W」という社員が同じように頭を悩ませていた。彼は富山ライトレールに乗りたいと言うのだ。
 富山ライトレールとは何か説明しよう。JR富山駅より海の方へ向かって富山港線というローカル線が走っていたのだが、ご多分に漏れず赤字路線でJR西日本はこの路線の廃止を決定した。そこで困った自治体が路線を買い取り第3セクター鉄道として復活させたと、ここまではよくある話なのだが普通に鉄道として復活させたのではなく路面電車のような運行形態に変更して復活させたのだ。詳しくはWeb等で調べていただきたいのだが、1時間に2本程度のローカル鉄道からもっと本数が多く手軽に乗れる身近な乗り物へと変身させた日本初の試みであった路線なのだ。
 経営難に苦しむしなてつもここから学ぶものが何かあるのでは・・という、まことに勉強熱心で感心な心がけなのだが、氷見から富山は案外遠いのであった。JR線を乗り継いで行けないこともないのだが、社員旅行に来てまでそんなに頑張らなくても・・という空気を本人も感じていたらしくたいそう悩んでいる様子ではあった。そして私に「おたくはどーするの?」と尋ねてきた。それではとこちらの壮大な計画を話すと、なんとかそちらの計画に途中まで便乗してそのままライトレール方面まで足を延ばすことはできぬかと相談してくるので地図などを見せながらライトレールの某駅まで約10kmの地点まで行くことはできるがそこから某駅までの足はタクシーを呼ぶなどして自分で確保せねばならぬことを説明した。
 W社員は色めき立った。普通に直でJRを使って富山へ行くよりよっぽど「旅行」らしい行程でライトレールにたどり着くことができそうなのだ。問題はタクシー代であるが何人か集めればワリカンで何とかなるであろうということで即座に人集めが開始された。
 職場ではその暴力的優位性により恐れられているW社員の呼びかけ(脅しとも言う)により若い社員3名が(泣く泣く)名乗り出た。W社員よりも年上であったため彼の刃(やいば)は私に向けられることがないのは幸いであった。私としては一人自分を見つめなおす旅に出る予定であったのだが途中まで同行の民ができてしまったのである。それでも「まあ、旅は道づれってことで、ねっねっ、」と嬉しそうなW社員に背中を押されるのであった。
 10時半位までフィッシャーマンズケープを冷やかした後、10時50分氷見駅発の列車に乗るため駅へと向かった。駅まで続く商店街にはところどころに藤子不二雄キャラのモニュメントが立ち並ぶ。これらモニュメントは近づくとセンサーにより喋りだすという手の込んだ細工もしてあるのだ。
 そんなのをいじくりながら歩いていったのだが私の記憶よりも駅はずっと遠く、発車5分前になっても駅にはまだ着かない。連行された3名の若手社員の足取りも駅を遠くしている原因のようにも思えた。
 次の列車は12時08分である。ライトレールに連中が乗れなくなっても私は困らぬが、私には私の予定というものがある。そもそも私は連中とは別の行動部隊なのである。何としても10時50分の列車に乗らねばならないので後続を無視し小走りで駅へと急いだ。ついて来ようが来ぬまいが知ったこっちゃないのだ。
 私とやる気満々のW社員はさっさと駅に着き切符を買って列車に乗り込み、続いて連行組3名もなんとか間に合って列車へ乗った。スタートからあわただしいのだ。
 おんぼろディーゼルカーに揺られ名勝地雨晴海岸などを見ながら5つ目の伏木駅で下車する。徒歩数分のところにある川のほとりに対岸へと渡る渡船があるのでそれに乗って川向こうへと渡るのだ。
 そして対岸にはこれまた経営難によって経営母体が民営から第3セクターへと変わった路面電車「万葉線」の中伏木という駅があるのでそこから列車に乗り換えるのだ。
 渡船乗場で中伏木駅からの列車時刻を案内される。11時15分発の渡船で対岸に渡り11時23分発の万葉線に乗り換えなさい、とのことであった。
 この渡船、地元の足というよりは観光渡船としての色合いが濃い。まっすぐ川を直角に渡ればすぐに対岸へ渡れるのだがわざと迂回していろいろな風景を見せてくれる。おかげで対岸に着いた時はほぼ11時23分なのだ。急げ!駅までまた大急ぎで走るハメになった。
 幸い列車は2分ほど遅れており無事に乗れたが乗り遅れれば30分待ちである。15分後に来る次の列車は途中駅どまりなのだ。
 万葉線、路面電車とは言ってもこの辺まで来ると単線の専用軌道を走るローカル線だが電車は昔ながらのボロイ路面電車で昨今の新型超低床車両より味わい深いものがある。マニアしなちく氏としてはこちらの方が好みなのだ。
 昨日強風の中見物した帆船海王丸を横目に見ながら列車は終点の越の潟駅に着いた。
 ここの駅前からはまたしても渡船がでており目の前の海を渡って湾の対岸へと行くことができる。こちらの渡船は先ほどの渡船とは違い富山県が運営する完全な「市民の足」であり、料金も無料!なのである。
 富山新港という港を作った時に湾のあっちとこっちに離れ離れになってしまった住民のために渡船を運行しているのだ。ちなみに自転車はOKだが車はNGである。
 対岸の堀岡というところに渡ると富山ライトレールまではあと10数キロなのだが、ここから先の交通手段は確保されていないのだ。W社員御一行様は渡船乗場でタクシー会社の電話番号を聞いてタクシーにてライトレールを目指すこととなった。
 運賃無料であったため私も対岸の堀岡までつきあい、彼らはタクシーへ、私は折り返しの船へとそれぞれ別れた。14時半にまた再会するのだが。
 越の潟へ戻った私は新湊へ行くための万葉線を待った。それほど待たずにやってきた電車は最新鋭の超低床車両であった。風情は無いが設備や乗り心地はオンボロ電車とは格段の違いで技術の進歩に目を見張る。どちらが好きかというのとはまた別の問題で。
 下車駅は特に決めていなかったので「まあこのへんで」といったあたりで下車をした。停留所が「役場前」だったのでこのへんが新湊の中心地であろうと見当をつけたのだ。数年前新湊でも宿泊をしたことがあるのだがその時は車だったため、市電だとどの辺がよいのかよく分からないのだ。
 時間はちょうどお昼頃、まずは昼食である。そして帰りの電車は13時54分発のと決めておいた。普段きちんと摂ることのない朝食をしっかり食べたのであまり腹は減っていない。せっかく「旅」に来たのだからここは寿司あたりで軽くキメてみたい。方針は簡単に決まり寿司屋を求めて徘徊を開始した。
 駅前通を歩き始めてすぐに銭湯が発見された。旅の風呂は気持ちがよい。もう営業しているのだろうか?暖簾のかかっている位置が微妙なのでよく分からない。昼から営業しているとしたら相当早い営業開始の銭湯だ。おっといかん、探しているのは銭湯でなく寿司屋であった。
 あてもなく裏手の通りを進むとあっけなく寿司屋は発見された。ランチサービスでもあると大変うれしいのだが・・と店舗の前に立つとこれもまた営業中なのか準備中なのかよく分からない微妙な感じなのだ。しかしそれ以前にこの寿司屋はひょいと暖簾をくぐって入っていくようなお手軽な感じではなく靴を脱いで座敷に上がっていくような料亭寿司屋の構えであり、ジャージにリュック姿のわたくしには少しばかり(相当)敷居が高く感じられたのである。この寿司屋を断念し更なる奥地に寿司屋を求めた。
 ここは港町新湊である、寿司屋の1軒や2軒すぐに見つかるはず・・であったのだが、2軒目はなかなか見つからず結局ぐるりと一回りしてもとの駅に戻ってしまったのだ。
 食事も良いがウンコもしたくなった。ということで食事の前に急遽ウンコをすることとなり(汚ねえなあ)駅前の公衆便所に入りブリブリと用を済ませ外へ出た。するとちょうど万葉線の列車がやって来たのでデジカメでパチリ・・あれっデジカメがないよ・・。ウンコをするときポッケに入っていたデジカメが落ちそうだったのでポッケの外に出して置いておいたのだった。
 あわてて便所に戻りデジカメを回収したのだが、あのとき電車が通らなければ・・と思うと冷や冷やするのだ。デジカメを忘れたのを教えてくれた万葉線ありがとう。
 そうこうしているうちに時間も13時近くとなってしまった為、やむなく駅前の喫茶店でランチセットを食べることにした。食事を終え店を出ると13時半頃になっており帰りの電車の時間も近づいていた。しかしここで急に銭湯に行きたくなってしまった。
 銭湯と駅は徒歩1分ぐらいの距離であり今からでも20分ぐらいは入っていられるはずだ。思い立ったが吉日、思いつきはスバヤク行動に移された。
 微妙な位置に掛かっている暖簾はやはり営業中を告げるものであった。冬の寒さの厳しい北陸のこの地では入口の前に風雪を避ける前室のようなものがあり、その前室の中に暖簾を出すのが流儀なのだろうか。
 料金を払うとスバヤク全裸になり湯船へと浸かった。タオルはグランドホテルマイアミのものがリュックに忍ばせてあったのだ。
 やや熱めの湯にゆっくりと浸かる。旅先での銭湯は本当に気持ちがいいのだ。しかし時間も気になる。13時54分の電車に乗るには13時50分に湯船を出て2分で着替えて速攻で駅へ行く・・という綿密な行動予定が湯船の中で立てられた。1秒でも長く浸かっていたい・・そんな誘惑と戦いながらも13時49分30秒、湯船を出て速攻着替えを開始した。だがそこで予想外の事態が発生する。
 熱い湯にずっと浸かっていたので拭いても拭いても汗が止まらないのだ。時間は刻々と過ぎてゆく。もはや汗など拭いている時間はない。濡れた体にシャツを着て髪も濡れ濡れボサボサ、ジャージのヒモも結わく暇もなく銭湯を飛び出すと列車は目の前を通過し駅へと入線して行くではないか、まだ1分あるはずだがチンチン電車は乗降がないと駅を通過してしまうので早着早通はよくあることなのだ。
 靴をきちんと履く間もなくズリ下がるジャージを手で押さえながら電車に向けて走り出した。この光景は誰にも見られたくない「旅の恥はかき捨て」、一生分の恥を晒しながらの全力疾走となった。
 幸い電車は時間調整をしていたようで、間一髪間に合った。誰も乗客のいない車内では止まらない汗を拭き続ける自分がいた。なんのために風呂に入ったのやら。こんなことなら集合に少し遅刻してしまうが15分後の電車にすれば良かった。この程度の遅刻は自由行動には付き物だろう。
 季節はずれの汗かき男の汗がようやく引いたころ電車は高岡城へと到着した。集合場所の駐車場では貸し切りバスと共に仲間達が待っていた。時刻はまさに14時30分になろうとしていた頃なのだがライトレール御一行様の姿が見えない。連中はもたもたして高岡駅で万葉線に乗り遅れたとかで約15分延での到着となった。こっちゃこんなに苦労して来ているんだからキサマら時間守れよな、怒りと哀しみの涙が頬を伝い落ちるのであった。

後日談、幹事様の楽しみにしていた遊覧船は波浪のため急遽運航休止になったらしい。