しなてつの四季

 ここ数年、しなの鉄道の電車の写真を沿線の風景などを交えながら撮っている。もともとは自作本「しなてつ君の四季」(おまけコーナーバックナンバー参照)に使う写真を集めるのが目的なのであったが、季節感のある写真というのは1年に渡って撮影するだけではなかなか気に入った写真を撮ることが出来ない。
 何年にも渡り、同じ季節を何回もすごして失敗を重ね、やっとお気に入りが撮影できるものなのだ。
 主たる被写体は電車ではない。ここが25年前とは大きな違いだ。25年前に鉄ヲタをしていたときは『電車』の写真を撮っていた。当時稀少となっていた戦前に製造された古い車両を求めて全国を彷徨っていたのだ。
 ちなみにこれら写真はスライドフィルムで撮影され大切に保管しており、現在となっては貴重な歴史的資料(大袈裟)となっている。
 しかるに現在は違う。しなてつの電車は少々型は古いが珍しくもない車両であり、あと20年くらいは歴史的価値が出そうにない。あくまでも被写体は季節感の色濃く出た沿線の風景や草花なのである。自作本に使う手前、しなてつの電車を背景の一部としてフィルムに収めたいのである。だから最近の写真の傾向として電車にピントの合っていないものが多いのである。
 幸いしなてつの電車はハデな赤色に塗られており、背景の一部として小さく撮されていても、ぼやけて撮されていても存在感を失うことはなく、「ああ、しなてつの電車だ」とわかるのがありがたい。
 春は花、夏は雲、秋は紅葉、冬は雪。季節ごとに写真を彩ってくれる「季節感」の主役たちだが、自然モノだけに気まぐれでなかなかココ一番のいいタイミングに巡り逢うのが難しい。
 真夏にいい入道雲が出てきて「これは撮影日和」と思ってもそういう日に限って仕事だったりするのだ。
 春の花の命もはかなく短い。乗務しているので沿線の桜の花などが満開になっているのにはすぐ気付くのだが、いい撮影ポイントを早く見つけ好天で暇な日に早急に撮影しにいかなければ花はすぐに散ってしまう。
 そういったことを数年続けていくうちに乗務中に於ける沿線季節察知能力が研ぎ澄まされてきた。乗務していると「おっ桜が満開だな。この辺でこのアングルで午前中に撮ると良さそうだな・・・」などというのが分かってしまうのだ。決してよそ見運転ではない。目に飛び込む風景を瞬時に分析してしまうのだ。
 また今までは見過ごしてきたものも見えるようになってきた。線路脇に咲く黄色い花などがはっきりと識別できるようになってきたのだ。たびたび言うがよそ見運転ではないのだ。花のほうから視界に入ってきてしまうのだ。
 そしてこの春ついに見えないもの在処が分かるようになったのだ。
 私はこの春の課題としてフキノトウを探していた。しかしそれはあまりにも小さく乗務中に見つけるのはあまりにも困難で、それこそ脇見運転で摘発されてしまう。また沿線は案外住宅なども多く、「雪を割ってフキノトウが顔を出す・・・」などという信州北部山間地のような光景が見られるような所ではないのだ。
 そんなある日、テクノさかき駅上りホームで発車を待っていたときのこと。ホームの柵の向こうは畑なのだが、その畑でフキノトウを摘んでいるおばさんがいたのだ。そうなのだフキノトウは小川の土手や畦にだけ生えているのではなく、この辺では農作物として栽培されていたのだ。
 食用にするフキノトウは小さな新芽だ。その畑に生えているフキノトウも電車の窓から確認することは出来ない位小さなものだった。しかししばらくすると新芽も大きくなり花も咲き、皆がイメージするような立派なフキノトウになるのだ。もちろんその大きさになると食用にはならなくなる。
 その畑に於いても数週間後立派なフキノトウがたくさん目につくようになった。しかしそこは撮影にはあまりにも不適なところであった。
 その後フキノトウの生えている畑を2,3確認することはできたが、みな撮影には不向きなところばかりであった。
 考えてみれば当たり前のことである。フキノトウはあまりにも小さい。フキノトウと電車をいっしょに撮ろうと思ったら電車からフキノトウがかなり離れたところにないと電車がまったくフレームに入らない。
 広角レンズでフキノトウに最接近してフレームの奥遠方に電車が走る・・・といった構図が無難で良いのだ。だが、ただでさえわかりづらいフキノトウを電車から離れた畑から乗務中に見つけるのは不可能だ。
 しかしであった。あそこらの畑にならきっとある。私はなぜか妙に確信的に自転車にまたがり近所の畑作地帯にロケハンに出向いた。そこは信濃千曲川通信社から自転車で10分くらいの所なのだが線路沿いに水田をはじめいろいろな畑が広がる良い撮影地なのだ。そこでフキノトウを探し回ったのだ。
 私の読み通り探す間もなくフキノトウは発見された。場所としても撮影可能地で私のウデ次第でなんとかなるであろう感じであった。写真撮影には当然ウデと感性も必要なのだ。
 私は乗務していてフキノトウの姿を見たのでなくフキノトウの声を聞いたのだ。「ここに生えていますよ」と。
 とりあえず数枚の写真を撮って帰った。3月も終わりのこと、雪の少ない当地に雪などは全くなかった。フキノトウには残雪がよく似合うのだがまあ仕方がない。フキノトウシーズンの終わりにこうやって写真が撮れたこと自体ありがたいと思わなければならない。出来栄えの方もあまり期待できないがフキノトウとしなてつ電車の取り合わせ自体貴重なものであろう。
 ところが神様はそんなしなちく氏の地道な活動を見守っていてくれたのだ。翌日信濃千曲川通信社界隈は雪となった。この時期この辺としてはちょっとまとまった雪となった。
 雪の翌日、嬉々として私はフキノトウ現場に向かった。5センチくらい積もった雪の下から顔を出すフキノトウはまさに正統派フキノトウの姿であった。季節はずれの雪は天からわたくしへのプレゼントだったのだろう。
 その写真、まだ現像が終わっていないのであるが少し期待している。
 だが雪景色の中での露出は難しいので不安もかなり大きい。期待しているだけに失敗だったときのダメージも大きそうだ。
 撮影後即座に写真を見られる一眼レフデジカメも普及している昨今、現像に数日かかるスライドフィルムというのも如何なものかと考えてしまうのであったが一眼レフデジカメを買う予定はない。

 現在完成されている写真&イラスト集「しなてつ君の四季2年分」もあと1年くらいかけて写真とイラストを12枚づつ増やして「しなてつ君の四季3年分」にする予定である。乞う御期待・・なのだ。