粟島旅行

 10月の終わりたまたま夫婦で休みが2日間合っていたので「うむっどこかにでかけるか・・」ということになった。
 1泊2日の旅なのであるが1泊で行けるようなところはほとんど行ってしまったというのが実状で中途半端な季節とも相まって行き先決定には紆余曲折があったのだ。
 10月末と言えば信州や東北では紅葉も終わりの季節であるが関東周辺および平野部では見頃である。第1候補に挙がった甲州の秘境「奈良田温泉」の一軒宿はあえなく満室で×(ペケ)であった。
 1泊故に行動半径も限られる。佐渡島も候補に挙がったのだが、島内での足の確保ができない。フェリーに車を載せるとお値段が高くつく・・・等々の理由で却下となった。
 我々は島旅を愛する者なのだが佐渡というのはあまりにも大きな島でそこへ渡ってしまうと「島」という感じはぜんぜんしなくて本土とほとんど変わらないのだ。それではおもしろくない。やはり島に行ったら閉鎖された狭い土地ならではの生活や雰囲気を味わいたいものである。そこで急遽リストアップされたのが「粟島」である。
 新潟県に属し佐渡の北に位置する周囲23キロの孤島である。海水浴のシーズンなどはそれなりに混雑するようで島内には民宿や旅館もある。新潟県北部の町「岩船」からフェリーで1時間半である。休みの日が迫っていたということもあり「なにはともあれ・・」ということで行き先は粟島に内定したのであった。
 しかしインターネットというものは便利である。手元に粟島に関する資料がないのでちょいと調べてみると各種情報があふれていて大助かりだ。旅館案内から町内の地図まで入手できるのだ。島の概要を把握したところで宿の予約を取り「内定」は「決定」になった。
 当初難航していた旅行計画も無事決定し順調に日々過ごしていたのであったが、なんとわたくし旅行2日前になっていきなり熱を出すという小学生のような失態をおかしてしまったのだ。幸い高熱ではなかったのだが急な発熱のため仕事をも休むことができず薬で熱を抑えての勤務というつらい目に遭ってしまったのだ。
 その日は泊まり勤務であり2日後に控えた粟島旅行はほぼ絶望的状態となってきた。明け番でキャンセルの電話をしよう。キャンセル料が多くかかってしまうが仕方がない。・・と、がっかりとしていたのだが明け番で勤務を終えると熱は完全に引き風邪はいきなり快方状態へと向かった。「え〜い死んで悔いなし」粟島旅行は強行されることとなった。風邪は快方状態へと確実に向かっていたのだが腹の具合だけは良くならなかった。今回の風邪は腹風邪だったのだ。まあウンコはどこでもできるだろう、腹はもともと弱いのでウンコの心配は毎度のことだ。
 旅行当日朝4時起床4時半出発。新潟県と言えば長野県のお隣。ご近所だと思われるかもしれないが場所によってはえらく遠いのだ。近所のインターチェンジから高速道にのって上信越道、北陸道経由で新潟市まで240キロ。更にそこから岩船まで60キロ。計300キロもの道のりなのだ。長野〜名古屋間よりも遠い。ちなみに長野〜東京などは220キロしかないのだ。いかに遠いかお分かりいただけるだろう。
 ほとんど休憩も取らず走り続け9時頃無事に岩船港に到着。軽乗用車「しなちく1号」もごくろうさまである。車は港の無料駐車場に置いて船に乗り込む。10時30分の出航なのだが波が荒く、フェリーと共に就航している高速船は本日欠航のようだ。ちなみに昨日はフェリーも含め全便欠航だったそうだ。
 フェリーに乗り込むと港に停泊中だというのに早くも揺れている。一番揺れの少なそうな船体中央部の座敷にうつ伏せになるとそのまま睡眠を決め込んだ。ただでさえ腹具合が良くないのにこの揺れではゲロゲロのビチビチになってしまう。(キタナくてスマン)
 朝4時起きでずっと移動し続けていたので疲れていたし睡眠不足でもあったので横になるとマジ熟睡してしまい、大揺れの1時間半もほとんど苦しむことなく粟島へと到着した。しな子も同様であったようだ。
 粟島港着岸を船の上から見ていると港の正面約100メートル地点に早くも本日の宿を発見してしまった。宿を探す楽しみは早々になくなってしまったわけだ。2日ぶりの連絡船だというのに港には出迎えもなくなんとも淋しい限りであった。島はしんと静まりかえったままなのであった。小笠原などは5日に1便の連絡船が到着すると出迎えや物資の荷下ろしなどで大賑わいになり、それこそ島中の人が港に詰めかけるような様になってしまうのだがここ粟島ではそのようなことはないようなのだ。
 「まったく本日我々が泊まる旅館の出迎えくらい無いのか」(港のすぐ正面なのだが)などと冗談交じりに言っていたら実はちゃんと来ていたのだ。しかも車で。他の宿の出迎えは全くなくその車には我々2名だけが乗り込んだ。本日到着の観光客は我々2名だけのようであった。本日の連絡船はこれ1便だけなのだ。車は約100メートル走ると程なく宿の正面に横付けされた。サービス満点なのではなく宿の人が寒い港で待つのが嫌だったのではないかと思われた。
 宿は小さいながらも民宿ではなく旅館であり部屋などもちゃんとしていて好感が持てた。女将さんが入れてくれたお茶をすすると早速島内散策に出かけた。まだ12時過ぎなのだ。
 島は山が海に突き出たようなもので平らな部分がほとんどなくわずかな平地に家が寄り集まるようにして建ち集落を作っている。都会の下町のように細い路地を挟んで民家が密集して建ち、わずかな軒先では豆や魚を干している典型的な「島」の風景だ。日本の小さな島ではよく見られる風景なのだ。この島の集落はここと島の反対側にもう1つ、その2つだけだ。反対側の集落は山の向こうなので歩いていくと1時間ほどかかるので今日はこちら側のメインの集落を隈無く散策するのだ。
 しかし集落はせまく、徹底散策は早々に完了し、その後も昼食用食料調達のため集落内を3周ほど巡回することとなった。13時を過ぎると港の食堂はすべて営業終了となりわずかにある商店も豊富な食材が・・・というのには程遠い状態で我々はいきなり食糧難に直面するのであった。島暮らしの現実は厳しいのだ。
 結局僅かばかりの食料の確保はすることができた。その際店のおばさんに「せっかく島に来てもらったのに何にもない時期でねえ・・・海も荒れて漁にも出れないしねえ」などとすまなそうに言われてしまうのだがうかつであった。海が荒れて漁に出られない=(イコール)旅館の食事が・・・という方程式が脳裏をよぎった。海が荒れる・・・船が揺れる、くらいは考えついたが海が荒れる・・・食事が悲惨になる、というところまでは考えていなかった。夜ご飯はカレーかハンバーグであろうか。
 そうは言っても悩んでも仕方ないし腹の具合も良くないのだ。あまり超豪華デラックスディナーなんていうので攻撃されてもお腹が太刀打ちできない状態なのだ。我々は北風吹きすさぶ港の砂利山の上で連絡船の出航を見ながら離島特有賞味期限切れ菓子パンなどを頬張りながら遅い昼食を済ませた。その後ももう1周ほど集落内を巡回するのだがあまりにも寒いので宿に戻った。集落のはずれには最近できた温泉保養施設もあるのだが病み上がりなのでやめておく。部屋に戻るとまた昼寝などをしてしまい、あっという間に夜ごはんの時間となった。
 私の腹具合の加減を察してだろうか(そんわけない)超豪華デラックスディナーなどではなく普通の食卓であった。ちゃんと鯛のお刺身などもあって海辺の旅館の食事なのではあったが焼き魚とサザエの壺焼きが冷めていたのは大きく減点であった。ちなみにその時わかったのだが本日の宿泊客は全4名(2組)であった。
 食後の腹ごなしに夜の散歩に出かけた。まだ遅い時間ではないのだが集落は静まりかえり外に出ている人などいない。最近は運輸、流通網、通信網などの整備によって都会と地方との生活格差がなくなってきてはいるのだが、夜の時間だけは都会と地方とでは大きな差があるのは昔も今も変わらない。夜8時くらいなのだが東京であればまだまだ街に人があふれている時間である。星空を眺めながら北極星を探したのだが結局見つけることができずそのまま夜の散歩は終了し宿へ戻った。場所柄夜の海辺は北●鮮の工作員などがいる恐れがあるので危険なのだ。
 風呂に入って部屋に戻るとしな子は早々に寝てしまったのだが私は宿に置いてあったマンガが面白くて読みふけってしまいかなり遅い時間まで起きていたのであった。
 翌朝は名物わっぱ煮定食の朝ご飯をすませると宿を後にした。わっぱ煮とは焼け石で煮立てたお味噌汁のようなものでこの島の名物なのだ。詳細については「しなちくニュース」や粟島浦役場ホームページなどで見ていただきたい。
 天気は薄曇りなのであるが風はなく昨日に比べかなり暖かい日和である。役場に行き自転車を借りると島内半周の旅に出かける。目的地は島の裏側にあるもうひとつの集落「釜谷地区」だ。
 昨日とはうって変わってのうららかな日和の中海岸線の道を進んでいくのだが、遙か前方にはかなり急な坂道が山の斜面にへばりつくように登っていくのが見える。あそこを登って行かなければならないのかと思うと気が重くなる。
 いよいよ急坂にさしかかると運動不足&根性不足夫婦は早々に自転車を降り押して歩くハメになるのであった。そうこうして僅かな根性を振り絞りふた山越えるとようやくめざす釜谷集落に到着した。
 シーズンオフとあって静まりかえった集落は思っていたより小さく、海辺の山の斜面にへばりつくように佇んでいた。漁港の入り江にはこの秋日本海に大発生した(のと同じやつと思われる)大きなクラゲが漂っており、それらをつついたりしてはみたもののほかにすることもなく、集落の最上部にある神社をお参りすると「山越え最短コース」でスタート地点の内浦集落へ向かった。行きと同じように坂にさしかかるとヒーヒー言いながら自転車を押して歩き峠を越え、ヘロヘロになりながらもなんとか帰りの船の時間までに自転車を帰すことができた。
 帰りの船はこの日が今シーズン最後の運航になる高速船だ。海が荒れる冬場は高速船の運航はなくなるのだ。実際に最近2日は荒天により運休になっており、今日この船で帰れるのはラッキーなのかもしれない。
 行きの普通船に比べ所要時間は50%短縮なのに料金は100%増(2倍)というのがイマイチ納得がいかないのだが、時間の関係でしょうがなく高額の運賃を支払い船に乗り込み粟島を後にした。
 行きと違い海は穏やかで大きく揺れることもなく所定の1時間弱で船は岩船港へと着岸した。
 特に楽しいことも印象に残ることもない島であったが、「何もない」のが「島」の良さ。何も印象に残ることがなかった・・・というのが今回の旅行の印象であった(なんのこっちゃ)。
 なにか久々に「旅行」でなく「旅」をした感じでもあった。僅か1泊であったが港の駐車場で待つしなちく1号とは久々の再会のような気さえした。そんな旅の余韻を残しつつもそこから家まではまだ5時間の道のりなのであった。