「おかたづけ」
またまたお片づけの時期がやってきた。私はこの地へ来る前は横浜で両親と暮らしていたのだが、その横浜の家は一戸建てのけっこう広い家で、まあ思いつくがままに財力のつづく限りのいろいろな物を買って、部屋なり庭なりに置いていたのであった。
物を所有するというのがすなわち「裕福」というなんともバブリーな発想があったのであるが、いかんせんその家は借家であったので後先考えずにいろいろ買い物をしてしまうと家を出るとき困ると判ってはいてもなかなか物欲というのは抑えられるものではないのだ。
そんなある日のこと、知り合い(独身)が平塚にマンションを買ったのだ。3LDKである。早速遊びに行ったのだが広いのだ。判っているとは思うが3LDKであるから実質4部屋あるのだ。そのうち一部屋が物置部屋になっていて、幽閉されているのであるが、そのおかげで生活空間であるリビングや和室には余計なものが全然置いていないのでとても広々としているのだ。和室に至ってはただ寝るだけのスペースで、押入に布団が入っているだけで後は畳が6枚敷いてあるのみなのだ。まるで旅館だ。これはなんという贅沢なんだ。全く生活感がなくテレビドラマのようであった。広いスペースにあえて物を置かずに自分のために広々と使う・・。今度引っ越す機会があったらこうゆう暮らしをしよう・・・と私は誓ったのだが東京近郊ではマンションを買ったりしない限り1DKのアパートが精一杯だ。
それではいくらなんでも広々とは暮らせないだろう。何せもともとが狭いのだから。しかし意外なほどあっさりと広々生活のチャンスが巡ってきた。それがこの、しなの鉄道への転勤であった。会社が私にあてがってくれたアパートは新築で2DKもある。東京なら13〜4万くらいの家賃であろう。私は横浜の家を出るときに荷物の選別を行った。借家なので荷物を置いていくことは出来ないから長野へ持っていけない物は捨てなければならない。私の所有物は3つに選別された。
「絶対必要なもの」、「要らないもの」、「どちらでもないもの」であるのだが、そのうち「どちらでもないもの」が半分以上を占めた。「使っていないけど買うとき高かった」、「思い出の品である」、「いずれ役に立つであろう」、「まだまだ使える」etc,etc・・・そして私は「絶対必要なもの」を残してすべて廃棄処分としてしまった。学校の卒業アルバムまで捨ててしまったらしい。
捨ててしまって後々後悔した物もあったが、意外なほどダメージはなかった。そして新しい家のインテリアプランを練り、それにあった物を厳選して購入し、さらに売ってない物は自作をして引っ越しに備えた。ちなみに引っ越しのために洗濯機などの家電用品を含めて(運送費を除く)90万円もの投資をしたのだ。信濃千曲川通信社のすばらしい内装の影にはこのような苦労が隠されているのだがおかげでこちらへ来て3年間優雅に暮らすことが出来た。
しかし今回結婚をし、信濃千曲川通信社の住人が一人増えるという事態になった。また私の所有物を処分しなければもう一人の住人の所有物を置くスペースがない。結婚によって広々生活が崩されるようなことはあってはならないのだ。
まず押入をあけるために押入の中のものを例によって選別した。大切にとっておいたものも心を鬼にして選別した。するとどおであろう意外なほど大量の廃棄物がでてきたのだ。しかもそれらのほとんどは横浜から持ってきた物なのだ。
さすがに引っ越しの時やそれ以降に購入したものは厳選して購入したものなので廃棄物はほとんどなかったのだが、あれだけ引っ越しの時に選りすぐってもってきたものの中からあれほどの廃棄物がでるとは思ってもいなかった。過去との決別は難しいものなのである。なんちゃって。