住めば都
私は10才から30才までの20年間横浜の本牧という町に住んでいた。いかにも横浜らしい港町であった。長野の田舎町に移り住み本牧の良さがしみじみと思い出される。
しかし地方での暮らしというのは私の長年の夢でありそれが実現したのだから今更帰りたいとかいう気持ちはサラサラない。そして気がつくと長野ライフを満喫している自分がいるのであった。特にこの6月はそれを実感することが多かったのだ。
5月は休暇を取って奄美大島などへ行ってしまったのだが、6月は運転士見習いの教官として乗務しなければならず休暇の取得は許されなかった。しかし不屈の闘志でわたくしは休日をエンジョイしたのだった。
今住んでいる町は戸倉町というところで車1台あればどこでも簡単に行けてしまうのが嬉しい。高速道路の上信越道と長野道が交わる更埴ジャンクションが近いので、東北信、中南信とも簡単に行けてしまうのだ。
6月6日、朝起きると天気がことのほか良かった。「これはどこかに出掛けねばー!」と我々夫婦が意気込み目指したのはかの有名な観光地である「上高地」だ。しなちく1号を駆って約2時間。朝9時に家を出た我々は11時には河童橋を渡っていたのであった。冷静に考えてみると家から2時間で上高地というのもすばらしい。横浜に住んでいた頃では考えもつかないことだ。
さて一度でも行ったことのある人なら説明不要だろうけど上高地の自然はすばらしい。平日だというのに人も多く、遠く関西あたりから来ている人も数多くいたようだ。ご苦労だなあ。
我々は明神池往復8キロコースを散策したのであったが、好天にも恵まれ高原の森林浴を満喫したのであった。その日の天気を見てから行けるというのは「地の利」であろう。梓川の河原で食べたベビースターラーメンの味が忘れられないのだ。
長野には海がない。海辺の育ちの私にとってこれは苦しい。海といえば太平洋より日本海の方が近くて、新潟県の直江津や糸魚川は約100キロくらいだ。100キロというとかなり距離があるが、それでも道路事情の悪い首都圏に比べ所要時間的距離はずっと短い。それ以上に信号や渋滞が少ないうえに車窓風景もいいので同じ距離を走ったときの疲労度が全然違い精神的距離はかなり短いと思える。
6月14日、そんな上越直江津の砂浜へシロギスを釣りに友人と出掛けた。秋のハゼ釣りと並び初夏のシロギス釣りは信濃千曲川通信社の重要な行事だ。昨年新しい投げ竿を購入したのだが一度も使うことなくシーズンが終わってしまったので今シーズンこそ・・と気合いを入れて望んだのだ。釣りゆえに早朝出発し目的地まで約2時間、一人だと少し長いと感じられる距離だが仲間がいればあっという間の所要時間で夏は海水浴場となる砂浜へ到着した。諸々の事情により・・・(トホホ)ボウズこそ回避できたがあまり芳しくない釣果での退散となった。昼過ぎに釣りを終えた我々は新鮮な地物のネタが好評の廻転寿司で昼食を摂って帰途についたのであった。
我々の釣果は思わしくなかったがお日柄がよろしければキスなどは爆釣さえ期待できる好ポイントなのだ。上越の海はアジ、サヨリ、キスなどの小物からヒラメ、スズキ、クロダイ、ブリなどの大物まで好ポイントの多い全国の釣りファン垂涎の地でもあるのだ。
私の釣ったシロギスは塩焼きとなってその日のおかずとなったのだ。
自分はたまたま海辺の町に住んでいたのだが東京の住宅地に住んでいる人であれば海釣りに出掛けようとすれば今の我々と同じように移動に2時間くらいはかかるのではなかろうか。当然場所にもよるが。
海はない長野なのだが交通事情がよいというのが救いなのだ。
信州といえば果物の産地として有名だ。特にリンゴが有名なのだが他にもブドウや桃、アンズ、プラム、キウイ、イチゴ・・・数えたらきりがない。職場には実家で農家を営んでるオジサマも多いので時期になると持ってきてくれて御馳走になれることも多々あるのだ。
そんな世の中に数ある果物の中において『○○狩り、食べ放題』で唯一やりたいのがサクランボだ。リンゴやミカン狩りなど食べ放題と言われてもそれほど食べられるものじゃない。普通に八百屋で買った方がお手軽で安い。イチゴだって1パック3〜400円だから元を取るのかなり困難だろう。しかしサクランボは違う。家庭でサクランボを嫌になるほど食べた経験があるだろうか。下手をすればイチゴと同じくらい大きさのパック入りが1000円以上する。私の中ではメロンが果物の王様ならサクランボは女王様なのだ。
そんなサクランボ狩りを私は過去に2回本場山形で経験したことがあるのだが、なんとも幸せな気分であった。木の上で充分熟れたサクランボというのは売っているものよりずっと美味しい。それがなんと食べ放題だ。100個以上食べるとさすがにウンザリしてくるがウンザリする程食べられるというのも幸せなものだろう。いつしかまた山形に行ってたらふく食べたいと思っていたのだが、なんと車で40分ほどのご近所にもサクランボ農園があったのだ。
インターネットという便利なものを駆使し情報および割引券をゲットすると我々夫婦はサクランボ全滅作戦を実行に移した。
6月16日、我々夫婦は揃って明け番であった。所要時間40分くらいのところへ行くのに『公休日』である必要は全くない。少し眠くはあったが明けでお腹が減っているところへもってきて「昼食ぬき」という万全のコンディションでサクランボ農園へ奇襲をかけた。
30分食べ放題1600円(割引価格)を支払うとたわわに実の付く木の下に陣取りワシワシと食べはじめる。率直に言おう「相当に美味い」
実もたっぷりとついていてとても「全滅」などできない。30分では足りないかとも思ったが実際には充分で最後の10分くらいはもうウンザリであった。なぜこんなに素晴らしいサクランボ農園が近所にあったのを今まで知らなかったのだろうか、ここへ越してからの過去6年を振り返ると悔しい思いまでする。この先の人生において、ここに住んでいる限り6月はサクランボ狩りに行き続けるぞ、と固く誓うのであった。
6月20日、前日は台風崩れの低気圧が日本海を通過し少し天気が荒れ、その置き土産の南風が吹き込み20日の朝は季節はずれの熱帯夜で明けた。真夏でもほとんどない熱帯夜である。そしてその日は朝に引き続き日中もフェーン現象でかなりの高温になるという予報であったが、まさしく朝8時の時点で気温は30度近くに達していた。我々は高所への避難が必要と判断、信州の秘境秋山郷切明温泉へと進路を向けた。
切明温泉は温泉王国日本の中でも数えるくらいしかない河原の天然露天風呂だ。河原を掘ると温泉が噴出し川の冷たい水と混ぜることによって適温にし入浴するのだ。河原を掘るのは重労働だと思われるかもしれないが大雨の後とかでなければ前の人が造った大きな湯船がちゃんと用意されているのだ。
秋山郷はいささか遠く約120キロ2時間40分の道のりだ。千曲川沿いに下り一度県境を越えて新潟県津南町より山道を進み再度長野県へともどる。秘境と言われるだけあってちょっと昔まで冬の間は雪に閉ざされ外部との行き来は完全にできなくなったと言うのも頷けるくらい山奥の集落だ。そしてその山道の終点に位置するのが「切明温泉」なのだ。
6月の平日とあって他に人はおらず、そして予想通り河原にはすでに大きな湯船が造ってあり我々は労せず入浴することができた。平野部と違いかなり涼しく湯船から出ると寒いくらいだ。途中買ってきた昼食も入浴しながら済ませ、なんと延々3時間もの長時間入浴をしてしまったのだ。
せせらぎと鳥の鳴き声をBGMに河原の露天風呂は至福の時を与えてくれるのだ。帰途おやつ代わりに蕎麦など食べ戸倉町へと向かったのであるが、やはり下界は暑くニュースでも季節はずれの猛暑を伝えており長野市内は33度まで気温が上がったことを告げていた。我々のもくろみ通り避暑作戦は成功し、涼しい山奥の温泉でのんびりとしてしまったのだ。
とにかく6月は大きな旅行などはしなかったのだが鬱陶しい梅雨空の合間を縫って近場で思う存分楽しんでしまったのだ。しな子は両親とホタル見物にも行っているのだ。やはり田舎には田舎の良さがあり余所から来た私にはそれがよくわかるのだ。むしろこの地で生まれ育った人には見えてこないものなのかもしれない。今度機会があったら南の地方へも引っ越しをしたいなあ。