「よこはま たそがれ」

「始まりはいつもいい加減」

 そもそもきっかけは鉄道雑誌「鉄道の旅創刊号特別定価350円」であった。近所の生協に売っていたので安かったということもあって買い物ついでに買ってしまった。
 その本には大井川鉄道の特集があった。大井川鉄道といえば元祖SL列車である。最近はあちこちで観光SL列車を運転しているが、ここ静岡県の大井川鉄道が紛れもなく元祖なのだ。
 しかし大井川鉄道の素晴らしさはSLではない。SLに牽かれる客車にあるのだ。そもそも乗客は当然だがSLには乗れない。乗り込むのは客車だ。客車に乗って動き出してしまえば牽引するのが蒸気機関車でも電気機関車でも大して変わりはないだろう。
 それほどに重要な「客車」なのであるが、かの有名なSLやまぐち号をはじめSL牽引の客車には「レトロ風客車」なるものがよく使われている。でも内装は難燃性樹脂素材か何かに木目調プリントを施した「いかにも」な、わざとらしい乗り物ばかりなのだ。
 そこへいくと大井川鉄道の客車は昭和の初めに製造された由緒正しい、「レトロ風」でなく「レトロ」な客車なのだ。車内も「木目調」でなく「木製」なのだ。そんなレトロ車も昭和50年代までは首都圏を含め、日本中に走っていた。ちょっと地方に行くとレトロ車ばかりだったのだ。
 ドアは手動で、中に入ると向かい合わせの木製の座席がずらっと並んでいて、木とニスとワックスの香りが漂う、昔懐かしの車両なのだ。別に鉄道マニアでなくともその列車に乗れば「遠くへ来たなあ」と旅情かき立てられること請け合いであろう。
 だがそんなレトロ車も昭和60年代に入ると急に無くなってしまい、現在定期的に運転されているのは大井川鉄道くらいなのではないだろうか。考えてみれば製造から60年以上経つのだから仕方もないだろうが。


「休みが合わない」

 前置きが長くなってしまったがそんなわけで3月は由緒正しい列車に乗りに大井川へ行こうと計画が練られた。ちょうどシーズンオフとあって寸又峡温泉宿泊のお得なパックもあった。大井川鉄道なら2泊3日で楽々の距離でもある。
 しかしであった。意表をついて大井川鉄道SL計画は難航した。3月は我々夫婦の休日が全く合わないのだ。夫婦合わせてたった3日間休みを取ろうとするだけなのに有給休暇が何本も必要になり、そうするとその前後の公休日ともくっついて必要もないのに5連休とかになってしまうのだ。試行錯誤のうえ大井川鉄道SL計画はあえなく延期となった。


「こうなりゃやけくそ」

だが、一度目を覚ましてしまった「旅の虫」はもうおさまらないのだ。そして唐突に決断したのだ。「5連休を取り、ブルートレインに乗って九州へ行こう!」
 最近衰退著しい東京駅発のブルートレインだが、私が中学生の頃(えらい昔だが)は超高乗車率を誇り、時期によっては売り出し数分で全席完売という人気列車だったのだ。そんな往時を偲びながら夜汽車に揺られるのも一興だろう。頓挫した鉄道旅行は鉄道旅行によって埋め合わせをしようという魂胆なのだ。
 行き先は長崎。山国長野県から出かけるわけだから行き先は港町でなければならない。もう大井川のことは忘れてほしい。
 長崎に着いたら「ちゃんぽん」と「皿うどん」を食べる。私が最後に長崎でちゃんぽんを食べたのはいつのことであっただろうか。再度本場長崎に行ってちゃんぽんを食べようではないか。
 全行程5泊6日。長崎で泊まった後は天草に行って・・・連日連夜旅行計画は練られた。仕事の時には見られない根性と粘りで「早春の九州を巡る旅 by しなちくツアー」は完成した。
 事態は計画段階から準備段階へと進行した。有給休暇の申し込みを済ました。取得が困難と思われた個室寝台券も確保した。あとは休暇の受理を待って宿と帰りの航空券を入手するだけだ。シーズンオフだからわけなく入手できるだろう。


「だが」

 だが!。声を大にしてもう一度叫びたい「だが!!(フォント大きめ太字で)」・・有給休暇が受理されなかった・・・。以下次号(ウソです)
 以下次号にはならず話は続く。休暇は受理されなかった。小所帯の職場なので、とある日に冠婚葬祭やらが重なってしまうとすぐに休暇が出なくなってしまうのだ。特に3月は年度末とあって休暇処理などをする者もいるので(3月まで休暇を残しとくんじゃねえ)、厳しい日が多いのだ。
 先述したが3月は夫婦揃っての休日が全くない。ちなみに4月も休暇を取らなければ1日も休みは合わない。
 2月27,28日は夫婦で連休なのだが、その日を最後にしばらく夫婦ラブラブの休日は無いのだ。当初の予定では27,28の休みは27日あたりにスキーにでも行って、28日はお疲れ休みで家でゴロゴロ・・のつもりだったのだが、しな子が泊まりでどこかへ行こうと言い出した。3月夫婦旅行会中止の埋め合わせだ。


「代打の代打」

 事態は急を要した。連休まではあと数日しかなかったのだ。どこへ行けばよいのか。長崎の代打として充分な働きのできるところいえば神戸、横浜、函館あたりであろうか。距離との関係もあって場所は横浜に決定。宿泊はインターネットで調べた結果「観音崎京急ホテル」に決定した。
 観音崎といえば東京湾の一番細くくびれたところ、浦賀水道に面した絶えず船が行き来する眺めの良いところだ。以前住んでいた私の家から車で1時間くらいのところだ。そこの海に面したところにそのホテルがあるのはみんな知っていて、よく仲間内で「新婚旅行は観音崎京急ホテルでいいや」などと冗談交じりで言っていたものだった。ロケーションはよいがそれほどまでに手短(てみじか)であるという意味だ。
 その観音崎京急ホテルに泊まることになろうとはなんとも感慨深いのであるが、長野に住む我々にとってもう「手短」ではなくなっているのも事実であった。
 インターネットで調べた結果、ツインが素泊まり10000円という格安パックがあることが分かった。ビジネスホテル並のお値段だ。早速予約を入れた。インターネットというのも便利なものだ。交通費もJRのレール&レンタカーで安くあげることができた。旅行通の我々は経費削減にも抜かりはない。
 土壇場になってしなちく夫婦旅行会は決着が付いた。思えば「大井川鉄道」〜「長崎」と変遷し結局「横浜」という近場で落ち着いてしまったのだ。まあ、大井川鉄道と長崎もいずれ行く必要があるだろう。


「ぶる〜とれいん登場」

渋谷に出るために新幹線を大宮で降りて電車を待っていた。朝9時をまわっているというのに電車はまだ混雑している。そんな上野、池袋、渋谷方面ホームに寝台特急「北斗星号」が入ってきた。「ぶっ、ぶる〜とれいん」「乗るはずだったぶる〜とれいん・・・」。せわしなくチョロチョロと走り回る通勤電車とはあきらかに違うどっしりゆったりした走りで北海道からの乗客を降ろしたあと、我々庶民を横目に終着上野へ向け走り去っていった。
 「のっ・のりたかった、ぶる〜とれん」「なぜこんなことになってしまったのだ」。『なぜ』と問われれば先述したとおりの訳があってこうなってしまったしまったのだが、ゲンブツを見ると未練がましい気持ちになってしまうのも人情なのだ。
 我々は、その3分後にやってきた「湘南新宿ライン大船行き」に乗って悲しみの大宮駅をあとにした。


「大都会」

 渋谷ではタワーレコードとHMVに行って長野では入手困難なCDを買い求めた。また東京三菱銀行の通帳記入も済ませた。長野県には東京三菱銀行がないのだ。渋谷からは昔の職場「東横線」に乗って横浜へ向かう。相変わらず工事区間ばかりの路線でかったるいのだが、昔の同僚にも会えて懐かしさもあり退屈せずに横浜へと着いた。
 横浜に着くとシュウマイ弁当を買ってレンタカーへと乗り込んだ。借りた車は「ヴィッツ」。去年伊豆に行ったときも「ヴィッツ」だったので今回は日本一売れている車「フィット」を借りたかったのだが、残念ながらなかった。
 とりあえず車を走らせる。懐かしの横浜の道であるが相変わらず混雑している。こんな車の多い道を走るのは久々だ。混雑苦手のしな子には運転できそうもない。しばらく来ないうちに道も変わっていた。「ジモピー」を自負していたのに、だらしなく時々道を間違えたりしながら進めた。
 海辺の公園でシュウマイ弁当を食べ、ベイブリッジを渡り、金沢の方まで伸びた高速湾岸線を南下しホテルには比較的早い時間についた。


「長崎ちゃんぽん」

 オーシャンビューの部屋からは行き交う船がよく見えた。広めの部屋は快適でこれで10000円はお値打ちだ。観音崎の界隈も東京、横浜からの通勤圏内で、ホテルの向かいに団地があるのもなんだか可笑しかった。車で15分も走れば横須賀の中心地だ。ここには都会と住宅地と観光地が同居しているのだ。
 夜飯もかねてドライブがてら外へ出た。浦賀〜久里浜〜三浦海岸〜三崎と車を南下させた。その昔まだ若かりし頃、しょっちゅうドライブしたところだ。
 そうだ!夜飯は長崎ちゃんぽんにしよう。ふと思いついた。三浦海岸にはリンガーハットがあるはずだ。東京近県に住む人なら説明不要だろうがリンガーハットとは長崎ちゃんぽん&皿うどんの外食チェーン店だ。行くことのできなかった長崎の無念の一部をここで晴らそうというわけだ。
 黄昏時の三浦半島を最先端の三崎まで行くとUターンして、三浦海岸のリンガーハットへ向かった。運転はしな子にまかせて助手席でのんびりと海などを眺めるのだ。東京近郊都市の一部であろう三浦半島も三崎周辺までくると漁村と農村の入り交じったのどかな光景が広がっているのだ。
 リンガーハットに着く。しな子はちゃんぽんは初めてだと言う。ここはチェーン店だけどなかなか正統派なちゃんぽん皿うどんを提供してくれると個人的には思っている。私は本場長崎には2度行っているのだ。その私が言うのだから正しいのだ。
 ちゃんぽん380円、皿うどん390円。正統派らしからぬ破格値だ。しかしあとで調べたのだが 残念ながら長野近県には一軒もないのだ。実際ウチの近所にも一軒あれば我が家の外食ライフもかなり充実したものになるのだろうに。無念である。ちなみにしな子はご満悦だったようである。380円ディナーで満足していただけるとは安上がりな女で助かるのだ。


「オーロラを見る」

 ホテルへ帰る。今日は朝が早かったので早く寝ようと思う。デスクの上にはホテルが用意した「東京湾大型客船入港予定表」なるモノと双眼鏡が置いてあった。さすが浦賀水道を見渡せる「お〜しゃんびゅ〜」なホテルだ。

2月28日 オーロラ 76000t 入港8:00 出航0:00 浦賀水道通過予定時刻6:30 横浜港・・・

 なんだかとてもツイているようである。年間に数隻しか入港しない大型の外国客船が明日の朝入港するようなのだ。しかも76000トン。一時期世界最大の豪華客船と謳われていた有名な「クイーンエリザベス世号」でさえ70000トン弱だ。とんでもなく大きな船なのだ。
 ここ最近世の中の客船は巨大化の一途をたどっていて、先日佐世保の造船所で火災を起こした建造中の「ダイヤモンドプリンセス号」も10万トン以上ある大型船だ。ちなみに今現在の世界最大の客船は14万トンを越える巨大な船なのだ。もっと大きな船も建造中だ。
 しかし「オーロラ号」・・・聞いたことのない船だがたぶん日本に寄港する客船の中では最大のものと思われる。10万トンを越えるような船はもっぱらカリブ海あたりを中心にクルーズしていてあまり遠くには来ないのだ。その日本で見られる最大の豪華客船が偶然にも明日の朝このホテルの前を通過するのだ。
 目覚ましを6時20分にセットして早々に寝た。翌朝かなり眠い目をこすりながらカーテンを開けた。するとどうだろう「ちょうど今ですよ!」と言わんばかりに真っ白い船体を朝日に輝かせながらオーロラ号が目の前を通過していくのだ。しな子をたたき起こした。早起きは三文の得なのだ。まったくもって見事な光景なのであった。
 その後もう一眠りして8時過ぎに目を覚まし、パンなどをつまんでいるとまたもや1隻の客船が通過して行くではないか。「東京湾大型客船入港予定表」を見てみるとオーロラ号の下に、

2月28日 ぱしふぃっくびーなす 26000t 入港10:00 出航??? 浦賀水道通過予定時刻8:30 横浜港・・・

と、ちゃんと書いてあるではないか。ぱしふぃっくびーなす号は日本船籍で2番目に大きな客船だ。(あたしゃ船マニアなのよ)
 なんと横浜港に大型客船が2隻同時に入港しているわけだ。しかもそれらの入港をホテルの窓から眺める・・・・うむむおそるべし強運。


「舐めればしょっぱいが」

 よかった、よかったと喜びながらホテルをあとにする。とりあえずの目的地は江ノ島だ。デートドライブの王道「えのしま」。車は、天皇陛下療養中で警戒厳しい葉山御用邸前を通過し、葉山、逗子、由比ヶ浜、稲村ヶ崎、腰越海岸・・と超有名海岸を走り抜ける。
 「この辺の海はさすがに違う」と、しな子が感心する。そうなのだ違うのだ。長野県人の連想する海は新潟県上越市の海。すなわち日本海なのだ。
・・・・海辺を走る国道8号線。沿道には「民宿大黒屋」とか「名物カニ料理」とか「ドライブイン磯辺」とか(すべて仮名です)そんなのが並び、海は北風に波打ち、雪が舞い、女は1人岸壁で泣きながら男の帰りを待っているのだ。BGMは石川さゆりだ。
 しかし湘南の海は
・・・・海辺を走る国道134号線。沿道には小洒落たレストランやサーフショップが建ち並び海は青く、浜は白く、黒く日焼けした若者がサンオイルの香りを漂わせながら愛を語り合う海なのだ。BGMはサザンだろう。
同じ海でも舐めるとしょっぱい事以外はすべてが違うのだ。
 サザンをBGMに快適ドライブと洒落込みたかったのだがカセットやCDの持ち合わせがなかった。いかんせんレンタカーだから、カーステはついているが音源の用意まではされていないのだ。しかし幸いにも昨日渋谷で調達したJAZZのCDがあったのだ。早速開封してカーステに入れる。湘南の海とJAZZの組み合わせもなんともいいのである。
 ほどなく車は江の島海岸の地下駐車場へとおさまる。


「わんだふる江ノ電」

 飲食店の建ち並ぶ江の島海岸で早めの昼食を済ました我々は江ノ電に乗って鎌倉をめざす。つい今しがた車で鎌倉の横を通りがかったのだが、わざわざ通り過ぎて江の島まで行って電車で戻るというのもご苦労な話だが、江ノ電に乗って海を見ながら江の島から鎌倉まで行くというのも重要な観光コースのひとつなのだ。
 江の島駅には江ノ電グッズを専門に扱う売店があった。キーホルダーのような小物からタオル、まくらまで多彩な江ノ電グッズがおいてあるのだ。いつの日かしなてつ君グッズを専門に扱う売店も我が社にほしいものなのである。
 江の島駅を発車した電車は名物の路面電車区間を走り抜けると突然海っぺりに出てくる。車内に数多くいる観光客は大喜びだ。実は私も嬉しい。海はいいなあ。
 海辺区間を過ぎると一変して民家の軒先をかすめるような住宅密集区間だ。変化に富んでいてとても楽しい電車だが運転しているほうは大変なんだろうなあ。仕事柄そんなことを考えてしまうのだ。
 運転士さんの不断の努力により電車は車や民家とぶつかることなく無事に長谷駅に着いた。我々はここで降りて大仏へと向かう。鎌倉と言えば大仏だろう。ぶつぶつ。


「必見スポット」

 長谷駅で食後のウンコを済ませた私は大仏へと向かう。何もここまで詳細に記さなくとも良かろうという向きもあろうが、この文はホームページに載せるためだけでなく私にとっての旅行記録でもあるので、ウンコの記録も一部しておくのだ。
 大仏は逃げることなく我々のことを待っていた。昔(中学生時分)見たときはもっと大きかったような気がするのだが少し縮んでしまったようだ。境内には名物のリスもいて観光客に愛嬌を振りまいていた。これで鎌倉の必見スポットその1はクリアした。その後歩いて鎌倉駅に向かう途中、道を間違えてしまいピンチに陥るのだがうまい具合に鎌倉行きのバスが来るので飛び乗る。
 鎌倉駅から小町通りを歩いて鶴岡八幡宮へ向かう。平日の昼下がりだというのにたいそうな人混みなのだ。鶴岡八幡宮には数多くの団体客も来ていたのだがそのなかの1団体に「P&Oクルーズ御一行様」の旗のもと見学する外人の団体があった。P&Oといえばイギリスの大手船会社だ。オーロラ号の乗船客なのだろうか?。鎌倉の必見スポットその2鶴岡八幡宮を拝観したあと江ノ電で江の島へと帰る。帰りの江ノ電は嬉しいことに旧型電車だ。最近新型が増えめっきりお目にかかれなくなった旧車がやってきたのだ。床が木でできている。私は木製に弱いのだ。


「長野の富豪参上」

 限られた時間の中、かいつまむように鎌倉をめぐったあとは、車で横浜に帰るのだ。元ジモピーのわたくしは裏道を通り渋滞を次々クリアしていくのだが、意表をついて逗子駅裏で大渋滞にはまってしまう。駅前の住宅地で火事が発生し交通規制が行われていたのだ。しな子は最近火事によく遭遇するらしい。「あめおんな」ならぬ「かじおんな」。あまり関わりたくないなあ。
 17時00分山下公園パーキングに入場。運良く横浜港に入港した2隻の大型客船を是非間近で拝みたかったのだ。実を言うとこのためにあわてて横浜へ戻ってきたのだ。大桟橋には夕日を浴びながらオーロラ号が白い船体を横たえていた。船首部分には「P&O」の文字がはっきりと見える。さっきの鎌倉の外人はやはりこの船の客だったのだ。どうやらイギリスの富豪も我々と同じ行動パターンだったようだ。長野の富豪もイギリスの富豪も嗜好は似ているということなのだ。オーロラ号の反対側にはパシフィックビーナス号も見える。26000tもある船体が小さく見えるのは気の毒だ。
 大桟橋まで歩いていく。大きな船体は間近で見るともうそれは船とは思えない白いホテルの下を歩いているようだ。観光遊覧船の呼び込みなどもあって気が惹かれるのであるが、車を19時までに返さなければならない。夕方の一番混雑するような時間に山下公園から横浜駅西口まで車を運ばなければならないのだ。気が重くなる。
 もっともっとゆっくりしていたかったのだが、後ろ髪引かれつつ山下公園を後にするヴィッツ号なのであった。