クリ・クレ

この文は12月30日に書いてます。

 私はそもそも夏型人間であって寒いのは嫌いである。12月なんていうのは気候からいうとかなり嫌いな部類に入る。しかし12月というのはいろいろと催しがあって楽しい。12月に入ると巷(ちまた)はにわかにクリスマスづいてくる。
 残念ながら私はクリスマスに苗場プリンスでパコパコしたりとか、お台場海浜公園でチョメチョメしたりとか楽しい思い出などは無く、両親にプレゼントをねだるも、「貴様いつからクリスチャンになった?」などと言われサンタさんさえ来ない寂しいものであった。でも街がキラキラ光る電球で飾られて繁華街は賑やかになって、テレビも特番が多く組まれ、なんだか意味もなく楽しい気分になるのであった。
 さて今年もクリスマスの時期がやってきた。巷はもうクリスマス一色で・・・と言いたいところなのだが、残念なことにここ長野県埴科郡戸倉町ではいつもと同じうすら寂しい「ただの冬」なのだ。東急東横線で働いていたときはそりゃもう、渋谷も自由が丘も横浜も「クリスマスで〜す」と街全体で盛り上がっていたのだけど、長野は、どこもかしこも「・・・・・」な感じなのだ。まあ田舎だからね。しかし騒ぐだけがクリスマスではない。

 漆黒の闇に包まれた埴科郡戸倉町・・・
 まばらな家の明かり・・・・
 外は小雪が舞い・・・・
 さ〜いれんとなあい〜と
 ほ〜り〜なあいと
 信濃千曲川通信社の暖炉では(そんなもの無いが)薪が火の粉をとばしながら・・・
 ・・・・・・・・・・

 なんていうフィンランド童話(どんなんだろ)のような田舎のクリスマスというのもあるのだ。いやこれこそが正しい聖夜だ。などと自分に言い聞かせてテレビをつけると、何というか金も手間もかかっていなさそうなくだらない「特番」が多いのだ。これが。
 芸能人が内輪で盛り上がっているだけの番組って最近特に多いと思わないだろうか?。たのみのNHKもやたらと再放送が多くて、これも手抜きだよなあ。テレビで放映する映画にも期待したんだけど今年はイマイチだったなあ・・と振り返るのである。
 
 まあこんなイマイチなクリスマスだったんだけど、それはそれでいいのだ。親からも言われたように私はクリスチャンではないから適当に雰囲気だけでも楽しめれば。12月のメインは年の瀬。そして締めはなんと言っても「大晦日」。
 クリスマスなどは「大晦日」を楽しく迎えるためのプロローグにしか過ぎないのだ。
 クリスマスが終わると巷は一変して歳末大売り出しムードになる。バタ臭い洋風の雰囲気からアメ横、ダミ声、寅さん、新巻ジャケ・・・の和風醤油味の雰囲気になるのだ。私はココで声を大にして言いたい『この切り替わりが大切』。
 先述したが12月に入ると巷はクリスマスづいてくる。25日をめざして世の中はどんどんバタ臭くなっていくのだ。本来日本にはなかった西洋の文化風習であるから、なんだか新鮮な感じであり若者を中心にどんどん盛り上がっていく。キラキラ電飾や飾り物。食卓にはチキン。デザートにケーキ、シャンパン。
 しかし悲しいかな我々は日本人であり、こうゆう生活はだんだん胸焼けがしてくるのだ。日本人のDNAが「和」を欲するのであろう。
 このクリスマスバブルは25日に見事にはじける。翌26日になると前日までいた白ひげ赤三角帽子のおじいさんは腹巻きねじり鉢巻きのおじさんに姿を変えシャケやブリをたたき売りするのだ。あまりにも急な変化なのだが人々は拒絶反応を示したりはしない。むしろ待ち焦がれていた感さえあるのだ。
 長い間洋風文化によって押さえ込まれていたことによって歳末和風文化がよりいっそう華やかに花開くのだ。人々は前日までチキンを食べていたことなどすっかり忘れ、待ってましたとばかりにシャケやブリに群がり、家は大掃除を始め、寅さんは旅を始め・・・と、世の中がにわかに慌ただしくなるのだ。
 もし仮にこの世にクリスマスがなかったらどうであろう。12月中旬くらいまで退屈な冬寒の日々が続き、その後やんわりと節目のはっきりしないまま年の瀬へと突入する。
 人々はいつシャケやブリを買ったらいいのか分からず困惑するかもしれない。寅さんも旅立ちのタイミングを逸してしまうかもしれないのだ。
 そしてなにより歳末がつまらなくなってしまう。歳末は楽しい。年賀状を書いて、正月用品の買いだめをして、歳末番組を見て(クリスマス同様最近低品質)宝くじを買って・・・とすべては日本書紀にも記されているほど(うそ)古来より引き継がれている日本文化なのだ。
 しかしみんなが好きな日本文化にも弱点がある。長引いたり度が過ぎたりするとカビ臭くなるのだ。考えてもみてもらいたい。法隆寺や伊勢神宮も修学旅行でたまに行くから良いのである。そこで暮らすとなったらなかなかしんどいものだと思わないだろうか。それと同じように(同じか?)12月の初頭より歳末日本文化が始まってしまうとあまりにも長期戦過ぎてカビ臭くなってしまいシラケてしまうのだ。さらにそのあとには「正月」という大御所も控えている。こんなところでシラケてしまっては正しい正月を迎えることさえできなくなってしまう。そこでクリスマスなのだ。
 クリスマスには歳末日本文化を26日まで封印するという大事な役目があったのだ。みんな気づいていただろうか。
 26日以降封印を解き放たれた歳末日本文化は爆発的に日本の隅々まで広がりを見せる。とりあえず「今年を振り返る」なんて感じのニュース番組を見る。いやが上にも年の瀬気分が高まる。歳末特番も期待しているんだけど、なかなか期待に応えてくれるような気の利いた番組がないので映画番組やレンタルビデオに助けを求める。できればほのぼのとした邦画で攻めたいものだ。渥美清の死去により「寅さんシリーズ」が終わってしまったのは何とも痛い。
 ちなみに我が家では東映の寅さん対抗正月映画「トラック野郎シリーズ」が大ブームだ。年末年始は必ずビデオを借りて夫婦で楽しむのだが全10作しかないのは悲しい。何十作もある寅さんがうらやましいのだ。
 そして話は元に戻るがクライマックスは大晦日に迎える。

 比較的早い時間に晩飯の準備は済ませてある。
 6時過ぎからレコード大賞が始まる。その頃晩飯も始まる。
 テレビは紅白歌合戦へと変わっている。
 一生懸命見ているわけでないがBGVのようについている。
 ときどき「ドラえもんスペシャル」に切り替わる。
 和田アキ子が歌い始める頃、ソバの準備が始まる。
 ○組が勝ち「蛍の光」の合唱が始まる頃ソバが出来上がる。
 -----------------------------------------
 ゴ〜ン(ゆく年くる年はじまる)・・・
 「山形県、月山、○○寺は雪の除夜となりました・・・」(だいたいこんな感じで始まる)
 0時が近づくと来年話題になるであろうところにカメラが移る
 去年はサッカーの決勝地横浜であったが今年はどこであろうか。
 ソバを食べ始める。
 テレビの時刻表示が0:00をさす。
 「新年あけましておめでとうございます」

 この瞬間が1年の中で一番好きなのだ。この瞬間を味わうために1年間無理して(?)生きてきたと言っても過言ではないのだ。いつも思うのだが、残りの人生であと何回この時を迎えることができるのだろうかと。それゆえに泊まり勤務などでこの時を電車の中や職場で迎えなくてはならない時は泣きたくなるくらい悲しい。
 私のぽっぽや生活もかれこれ20年近くになってきた。盆暮れ正月関係なしの商売である。しかし暦と関係なく働くというのは嫌なものではない。むしろ好ましい。人が出歩く土日や休日は働き、すいている平日に用事を済ましたり行楽へ出かけられるというのはすばらしいことだ。もう暦通りの生活には戻れない。しかしである。暮れと正月だけは家で過ごしたいと思うのだ。その時だけは日本人の血が騒いでしまうのだ。今年も大晦日は休みで家で年を越せるのだが元日は早速泊まり勤務である。仕方のないことであるが。
 ところで信濃千曲川通信社では除夜の鐘を聞くことができないのだ。近所にお寺がないのだ。これはポイントが低いし煩悩が溜まりすぎて困ってしまう。以前住んでいた横浜では除夜の鐘はもとより0時になると港に停泊している船が一斉に汽笛を鳴らし新年を祝うというまことにすばらしい催しがあった。毎年新年0時になると窓を開けて汽笛と除夜の鐘を聞いたものだ。ボーボーゴーンゴーン。それがここへ来てなくなってしまったのはとても悲しい。汽笛は難しいだろうけど除夜の鐘くらいは何とか前向きに検討していただきたいものだ。そして夜は明ける。
 元旦。なにか糸でも切れたかのように世の中がまったりとしている。テレビは相変わらず下らないお笑い番組が多いのであるが、正月はたいがいNHK(BS含)で自然番組をやっているので、ミカンでも食べながらまったりとそれを見る。釧路湿原の四季・・とか。
 私は正月特有の弛緩した感じがまた、たまらなく好きだ。たとえ勤務をしていても世の中の「まったり感」ははっきりと感じ取ることができる。
 そして日が進むにつれ少しずつまったり感が薄らいでいって、いつしか気がつくと正月が終わっている・・・という曖昧さもなんともいえずいいのだ。フェイドアウトしていく・・・とでも言ったらいいのであろうか。
 冬の寒く退屈な時期にクリスマス(洋)→歳末(和・動)→正月(和・静)→フェードアウトという一連のイベントがドラマティックに繰り広げられるこの時期を私は好きでたまらない。

 最近ひとつ残念なことがある。スーパーやデパートがたいがい2日よりオープンするのだ。コンビニはともかくスーパーは最低4日くらいまで休んでいてほしい。これでは暮れに買い出しをする意味がなくなってしまう。不便かもしれないが正月とは不便さを楽しむものなのだ。
 普段食料品は必要なものだけを買うものであって、あまり必要以上に買い込むことはないだろう。だからあまり気がつかないのだが、暮れに食料のまとめ買いをする。まとめ買いした食料を家でじっくりと眺める。特に正月用の食材は高級なものが多い。お菓子なども普段より多く買ってしまう。それらをまじまじと眺める・・・。どうであろう、なんとも心が豊かになってくるではないか。安心感が沸いてくるではないか。このまま一生ここで暮らしてゆける・・・そんな気持ちにはならいだろうか?。私はなる。
 私がまだ子供だった頃、貧しい家庭ではあったが正月を控えた台所は貧しい少年(オレのこと)の心を豊かにするには十分なパワーを持っていた。
 ダンボール箱にお菓子や乾物の数々。麦チョコ・・・私にとって最高級食材であった麦チョコは欠かせない。カールカレー味、ポッキー。プリッツでなくポッキーというところがミソだ。揚げ煎餅、スルメイカ、箱で買ったミカンetc,etc・・・。
 冷蔵庫を開ければお刺身、牛肉、かずのこ、イクラ。特にイクラは当時正月くらいしか食べることのできない超高級品(私にとって)であった。かずのこは騒ぐほど好きではなかったがイクラはかなり騒いだものだった。最近値段がこなれてきていつでも食べられるようになったのは嬉しいような寂しいような複雑な心境である。
 当時は5日くらいにならないと店が開かないのでこのような高級食材に囲まれて正月は買い物などせず(できず)家で豊かに過ごすものであった。こうして貧しい少年は正月の間、しばしの幸福を手に入れることができたのだ。子供の頃の正月には「お年玉」という超特大イベントもあったが、こういう正月特有の食糧事情も私の遺伝子情報の中に「年末正月=楽しい」と刻み込んでいった要因のひとつなのかもしれない。
 スーパーが2日から開店する今日、買い出しという行事は完全に形骸化していると言って過言ではないだろう。少なくとも以前よりはどこの家庭も買い出し量は減っているはずである。これでは貧しい少年が夢を見ることは出来ない。便利なようだがなんと寂しい世の中だろうか。少年時代はもとより私が駅員だった1980年代中頃、正月の職員の食料用にボンカレーを何十個もまとめ買いして休憩時間にみんなで食べた記憶さえも遠い昔のものとなってしまった。今、駅ではボンカレーの買いだめも必要ないだろう。
 正月から店が開くということは正月から働く人がいるということである。年々正月から営業する店や事業所が増え、いつしか正月というものもカレンダーの上だけの出来事となってしまうのだろうか。
 我々ぽっぽやは遙か昔から年中無休で営業していたが、正月を守るために他の事業に従事する人々には休んでいただきたいのだ。正月がなくなるということは歳末がなくなるということでもある。この楽しい冬の2大イベントを年中行事から消してはならないのだ。
 冬の行事がクリスマスとバレンタインだけだったらウザったいと思うよ。まったく。