7.嗚呼、憧れの東京。

「でね、おっさん超冷たいの。電車何時ですかって訊いたのに、時刻表渡して、それだけ」
「電車」「時刻表」という単語に、私の耳は自動的に反応した。迷わず、ごくさりげない動きでその女子高生の近くのテーブルにつく。
泊まり勤務を終えての帰り道、朝食と昼食を一緒に済まそうと(注・二人前食べるわけではない)立ち寄ったハンバ−ガ−屋である。
「おっさん」って、うちの駅員のことかな? だったらちゃんと聞きかじっておかなくてはならない。表には出てこない苦情や評判などを、こっそりと仕入れて自分の仕事に活かす、サービス業はこうでなくちゃ。
それにしても、雑踏の中でも垂れ流しのテレビでも、鉄道関係の言葉は優先的に耳に入ってくるから不思議だ。この二年弱で、受信機のチャンネルが「鉄道モード」になってしまってるんだなあ・・・。
などと思いながらフライドポテトをつまんでいる間にも、女子高生の憤りは続く。
「・・・だって、何番線かもわかんないのに、時刻表なんか見たってわかるわけないじゃん。どの電車か、どこに書いてあるんだっつーのっ。だからもう賭けよ、賭け。もうここでいいやって、待ってたの。チカももう歩くのやだって感じだったし」
「えー、そんで乗れたのー?」
「もー奇跡よキセキ。偶然電車来てさあ、結構東京でもやっていけるじゃん、とか思ってー」
細かい経過は省いてあるのだろうが、なかなかたくましい。
彼女はどうやら東京の学校を受験に行って、どこかの鉄道のどこかの駅で、不幸にもあまり愛想の良くない「おっさん」に遭遇してしまったらしい。
『電車で移動するなら自分の乗るべき電車の見つけ方くらい学んでおきなさい。いくら勉強ができても社会的な知識が身に付いていないんじゃあダメだ。まったく近頃の若い者は・・・』
「おっさん」にしてみれば、そういう教育的指導のつもりだったのかもしれない。(私も全く同感だが。)これを機会に学んでくれよ、若者よ。
やがて彼女の話は、『東京と長野における改札の比較』に発展する。
「やっぱさあ、向こうって冷たいって感じだよねえ。こっちはほら、キップ、ぱしぱしってやるじゃん? 一人ずつ。けど向こうは、しゅっかしゃんっ、しゅぴぱしって感じでしょ(笑)」
・・・正確な擬音でお伝えできなくて残念です。スタンパーを入れる有人改札と自動改札の様子が、おわかりいただけたでしょうか。そう、長野の在来線は、まだ自動改札になっていないのです。
二人はひとしきり笑った後、しみじみとした口調をつくって、
「なんかさあ、こっちの、はいどうぞって感じの方がさあ」
「そうそう、人と人とのふれあいなんだよねえ」
とかなんとかうなずき合っていた。
そして会話は、まだ見ぬ大学生活の希望と不安、友達の彼氏批評へと移り、延々と続くのであった。

私は冷たくなったフライドポテトをつまみながら(ハンバ−ガ−は食べてしまったのだ)、心の中で「人と人とのふれあい」という言葉を、じっとかみしめていた。
高校生の口からそういう言葉が出てくるのは、率直に嬉しい。多少わざとらしくても。
 彼女たちもちゃんと、わかっているんだ。東京がどんなところかわかっていても、東京の学校には、目指す何かがあるのだろう。
 そしていつしか都会の無機質な冷たさにも慣れ、雑踏に呑まれていってしまうのかもしれない。
 でも、都会と言えども冷たいばかりではないはず。彼女が、都会にもあたたかさがあると思える経験を、たくさんしてくれるといいな。

新生活の季節。良いスタートでありますように。