ビバ!しし座流星群

 しし座流星群・・・みなさんご存知だろう。33年周期で太陽の周りを周回するしし座流星群の母星テンペルタットル彗星が残していった大量の「ちり」の帯が地球の公転軌道にかかってちょうどそこを地球が通過するときに大量の流れ星が発生し、その流れ星がしし座の方向から放射状にたくさん発生するのでそう呼ばれる。当然彗星が地球のそばを通過した直後の方がたくさんの流れ星が見える。
 1998年の秋はちょうど彗星が地球のそばを通過後最初の「ちりの帯」突入の年で33年ぶりに流星群が見られるのでは・・と世界中が沸きかえったのだ。
 私を含め多くの人々がその年の秋まで「しし座流星群」なる言葉を知らなかったであろう。しかしその日が近づくにつれて多くのメディアがそのことについて触れ、詳しく解説してくれたので皆「にわか天文博士」になったのだった。かくゆう私もそうであった。
 さらに地球がちりの帯を通過するであろう時間を計算すると日本がちょうど夜の時間になるらしく観察には最高の条件になりそうだったのだ。世界中から科学者などが日本に集まったものだった。
 毎年11月の19日頃らしいのだがその時期は冬の入り口でしばしば冬型の気圧配置となって日本海側は雲が発生しやすくなる。長野県でも北部に行くほど天気が悪くなるのが普通なのだ。1998年のその日もそういった天気となり信濃千曲川通信社のある戸倉町付近での観察は不可能な情勢であった。
 天気図とにらめっこをし、更にしし座のある北東方向(にわか知識)の空が開けているところを地図で探した。その結果選び出されたのが富士五湖であった。長野よりかなり南部に位置し空は澄み街の灯りもほとんど無く、湖の周りには周回道路があるので湖の南西側に陣取れば北東側の空は湖の向こうなので当然開ける・・・ここしか無かろうという判断である。
 当日すべては読みどおりであった。曇天の戸倉町、満天の星空の富士本栖湖、北東方向に開けた夜空。予定通りでなかったのは流星が大発生しなかったことだけであった(だめじゃん)。疲れだけが大発生したのは言うまでもない。
 そんなわけで母星接近最初の年は空振りだったのだが過去のデータではその翌年も大発生が見られるという。しかし1999年は日本が昼の時間帯に地球がちりの帯を通過してしまう可能性が高いらしい。だが1998年の例でもあるとおりその時間を正確に割り出すのはかなり困難らしく当たり前のように数時間ずれるというのだ。
 1999年は前の年の空振りなども受けてそれ程の盛り上がりを見せることはなかった。しかし計算はずれに期待をかけて私は再度夜の星空を求めて発進したのだった。
 1999年のその日はやはり戸倉町曇天というおきまりの天候であった。さすがにもう富士五湖を目指す根性などはなかった。国道18号を南下していったのだがなかなか星空が見えない。ようやく上田市と小諸市の中間付近で南の空に雲の切れ間を見つけた。南の空というのはしし座方向ではないのだがやむを得ない、そこに車を置き流星観察をするのだが、夜中3時くらいになっても流星の気配は見えずそれどころかわずかに見えていた星空までも雲に隠れてしまう始末。
 結局ひとつも流星を見ることができずに帰宅することとなった。その年は予想通り中東付近で流星雨(雨のような大量の流星)が発生しアラブの人たちは大喜びだったらしい。つまんねえとこで予想当ててるんじゃねえよ。私は泣いた。
 200年ぐらい昔からの統計ではそれでつぎの母星接近(33年後)までは大騒ぎするほどの流星は発生しないのである。よって2000年の秋は更にブームも下火となって(あるいは去って)、私にいたっては当日勤務だったのか雨だったのかすら覚えておらず・・とにかく見に行かなかったのだけは事実でありそして日本国に於いて流星雨などが発生しなかったのもまた事実であった。日本人は冷めやすいのだ。
 そして2001年秋、日本中が沸き立つほどの流星が発生したのは記憶に新しいところだが、過去3年のそんな経緯もあって私はその日の当日(正確には前日)までしし座流星群のことなど頭の中になかった。その日泊まり勤務であったしな子が「今晩しし座流星群だって・・」と言ってくれて初めて「ああ・・そんなものもあったなあ」と思い出したのであった。
 翌日は泊まり勤務で夕方からの出勤だったのでまあ気が向いたら空でも眺めてみるかと思った程度だったのだ。
 いつものように天気予報を見ていると毎度のようにしし座流星群はどこがよく見えるなどと解説をしてしていたのだったが、どーも今年は大発生の可能性が高いという。なんでも過去にも大発生をズバリ的中させたイギリスのアッシャー博士とかいう人が、新たに開発した計算方法で割り出したところ、そーゆーことになりそうだと言うのだ。
「話が違うじゃねえかよ。大発生は母星接近の翌年までじゃねえのかよ」私は思った。
 あとで知ったのだが今回の大発生のモトとなった「ちり」は母星が1699年と1866年に地球に近づいた際にばらまいたものである可能性が高いらしい。信濃毎日新聞夕刊にそう書いてあった。
 とにかくにわかにマスコミが騒ぎ出したのだ。「てやんでぃ、デマ流してんじゃねえ。もうひっかからねえぞ」と率直に思ったのであったが、私は弱い男であった。気がつくと晩飯と入浴を早めにすまし目覚まし時計を1時半にセットして布団に入っているのであった。
 天気予報では長野全県で今夜は晴だったのだが、1時半に目覚めて夜空を見上げるとお約束どおり星一つ無い曇り空であった。このまま寝てしまおうかとも思ったのだけれど、戸倉町から離れればわずかであれ星空が間違いなく見られるであろうという、過去数年の実績からの自信と万が一にでも流星雨が発生でもしたら生涯悔やまれるという後ろ向きな理由から星空を求め愛車しなちく1号を発進させた。
 さてどちらへ行こうか・・・私は悩んだ。国道18号をそのまま上田方面に南下するか、或いは西方向に峠越えを試みて麻績村(おみむら)方面に行くか?。国道18号を千曲川に沿って南下すると川霧などの発生により空が晴れない可能性もある・・との読みから後者の峠越えを試みた。峠のてっぺんには聖湖(ひじりこ)という小さな湖があってそこからでも星空は拝める可能性はある。いずれにしても流星の大発生についてはかなり疑っていたのであまり遠くへ行くつもりはなかった。
 峠を上り詰めて聖湖についたので窓を開けて夜空を見上げるも全く星は見えなかった。帰ろうかとも思ったのだが峠をこのまま進み麻績村に下りれば高速道路の麻績インターがあるのでとりあえず麻績村まで行って、帰りが辛かったら高速つかって帰えればいいやと思い、さらに車を進めた。車には先日買ったばかりのハイウエイカードが仕舞ってあり心強いのであった。
 峠を下りて麻績村に入ったあたりでなにか夜空に流れ星らしきがながれていくのが車のフロントウインドウ越しに見えたので道端に車を停めて夜空を見上げると予想通り南の空に雲の切れ間があってオリオン座がくっきりと見えていたのだ。そしてそのオリオン座の周りを次々と流星が流れていくのであった。今までの「しょうがないから来たよ」という気分もどこへやら、にわかに活気立って「おおおお、これはすごいっ」思わず歓声を上げてしまった。
 とにかく落ち着いてみられる場所を探しに移動した。こういうときにド田舎というのはいいものである。田んぼの真ん中を突っ切る農道の真ん中に車を停めた。運転席側の窓を開けるとちょうど南の空が見える方向に車を向けて。それ以外の方向は雲で星空が見えないのだ。しし座の向きから言うと南向きというのはあまりよろしい方向ではないのだが見たいのはしし座でなく流星である。南の空でも次々に流星が出没しているのだ。近所に家はないのでエンジンをかけたまま暖房全開で窓を開けて星空を眺める・・・なんという贅沢であろうか。大勢の人が観察している場所や民家の近くではできない技である。
 わずかに見えるオリオン座も顔を出したり雲に隠れたりといった天気でイマイチぱっとしないのだが流星は思いのほか根性があり、薄雲などものともせず雲を突き抜け流れていく。
 つぎからつぎへと、或いは3個4個連続でと賑やかな夜空だ。3時半頃雲が濃くなり流星も見づらくなったので退却することにした。観察時間約1時間、しかしその間約200ぐらいの流星が見られた(数えたわけではないが)1分間に3個強で200個だからそれくらいはゆうに見られたはずである。流星痕といわれる煙を残す大きな流星もいくつも見られた。
 満足して家に帰った。時間は4時半頃で戸倉町ではやはり曇っていた。今頃雲の上ではまだ流星雨は続いているのだろうと思いながらも布団に入った。
 しばらくすると窓越しに夜空が一瞬光った。「流星だ!」時折このようなハイパワーな流星が出現するのだ。おやすみは中断されカーテンを開けると今しがたまで見えなかった星が見え始めているではないか。そしてやはりそこにも数々の流星が流れているのであった。ストーブを点けると窓越しに(さむいので)流星観察の再開である。温かい自宅の部屋で流星を見るのもオツなものである。
 窓が曇るので時々拭いてやらねばならないのだがそれほど苦にもならず5時半頃まで空を眺め満足して寝たのであった。
 昼頃ニュースを見ると同じ長野県でも八ヶ岳の方では満天の星空の下、流星観察ができたらしく羨ましかったのであるがみんな寝袋にくるまって寒さと闘いながらの観察のようであった。私のようにぬくぬくと観察はできなかったようなのでまあよしとしよう。
 夕方職場に行くと多くの人が曇り空に観察をあきらめてしまったようで私の話を聞いて悔やんでいた。更に私が行こうかどうか悩んだ18号南下ルートも上田方面は曇っていたらしく峠越えの選択は正しかったようでありがたかった。
 まあ今回はわたくしの行動力と的確な判断力の勝利であろう。めでたしめでたし。

ついしん・・・その話を聞いて泊まり勤務で行けなかったしな子はふてくされた。