5.しなこ、小過去を回想する。

 先日、いつものように車内を巡回したとき、切符を買ってくれた女性が、
「あのう、アナウンスもあなたがなさっているんですか?」
と遠慮がちに尋ねてきた。
「はい、そうですよ(にっこり)」
「女性の車掌さんて初めてお見掛けするので・・・さぞ競争率高かったんでしょうねえ」
「・・・(^-^;)いえ、それほどでも」
 うーん、そう思われているのか。
 人によって印象は様々なようである。別の時、年輩の女性には、
「女性の車掌さんなんて、私らが若い頃の・・・戦時中みたいだねえ」と言われたし。
 先輩女性車掌ののんちゃんはどうか知らないけど、私が車掌をしているのは、車掌を志す多くの女性たちの闘いに勝ち残ったからでも、男性の数が足りなくて埋め合わせのために選ばれたからでもない。車掌に志願した駅員のうちで、たまたま私の性別が「女」だっただけだ。少なくとも私はそう思っている。
 そもそも私は、警察官になりたいとずっと思っていた。大学を決めて、その後の職業も漠然とながら考え始める高校生の後半から、「警察官になる」と公言してはばからなかった。
 大学時代は、「警察官になって職場結婚するっ」とまで断言していた。その頃何かで目にした、警察官氏の結婚披露宴の写真が、それはそれはステキだっったのである。制服に肩章や金モールのついた「礼服」が、気品に満ちた王侯貴族のように見えた。
 警察官に限らず、私は制服が好きらしい。制服を着ていると、男性は1から5割増しは(注・個人差あり)かっこよく見えるから不思議だ。今までで一番感激したのは、長野パラリンピックの閉会式で、国旗を持って入場行進した自衛隊の方たちである。凛々しくて、雄々しくて、漫画や小説の世界の美青年のようだった。テレビではなく、生で間近に見たときは、アイドルを目の前にしたミーハー少女(死語?)のような心境だった。
 それは鉄道員も例外ではなかった。結局、警察の試験に落ちまくった私は、わらにもすがる思いで受けたしなの鉄道に合格したのだが、ここでも制服姿の男性はなかなかステキなのである。さすがに、制服に金モールをつけて結婚披露宴をしてほしいとは思わないが。
 歓迎会をしてもらったり、仕事の用事で話をしたりして知り合った、運転士さんや車掌さんとあいさつを交わせるようになったときは、ちょっと誇らしくて、嬉しかった。
 駅員もいいけど、電車の運転に関わっている若い男性(独身かどうかは別として)には特に心トキメくものがあるのは、私だけではないはずだ(私だけかなあ)。
 かくして私は、電車と制服の世界にどっぷりとはまっていくのだった。いやアブナい意味じゃなくてね。
 そして、入社してから半年経ったかどうかという頃。
 12月に車掌登用試験があるという情報が伝わると同時に、「かっこいい制服のお兄様」たちから、何かにつけて声がかかるようになった。
「しなこさん、車掌試験受けるんでしょ?」
「車掌やってみなよ。楽しいよ」
「待ってるからねー」
などなど、表現は様々だが、内容は同じだ。これはもう、熱烈なラブコールみたいなものだ。と思っていい気になっているのは私だけで、実際に車掌見習いになったら、
「あの女、調子に乗って本当に車掌になる気かよー。車掌も甘く見られたもんだぜ」
とか言われるのかもしれないが。
 でも、のんちゃん先輩は楽しそうに車掌やってるし。会うたびに、
「一緒に車掌やりましょうヨ!」
と手を振ってくれるし。
 ほかにない機会だし、車掌さんって、やってみたい気もするし。
 でもでも、せっかく顔見知りのお客さまも増えてきたから、もうちょっと駅員でいたいような気もするし。
・・・・迷った。
・・・・迷った。
 正直なところ、まだ数少ない「女性車掌」になってみたい気持ちもあった。
 誰にでも大なり小なりある「名声欲」というか、注目されたい気持ちである。
 これはじきに後悔した。やっぱり私は、地味に裏の方でひっそりと生息している方が、落ち着くタイプの人間らしい。もっとも、学生時代のように人の目を気にしないのも考えものなんだけど・・・

 そんなわけで、3年前には想像もつかなかったことに、私は今車掌をしているのだった。