はじめに
この物語には列車番号(654Mとか)やら、いろいろと専門用語なども出てきます。また駅名などもしなの鉄道の地理に詳しくない方には判りづらいところが多々あると思われますが、軽く読み流していただいて電車運転士の仕事とはこういうものなのだなあと、少しばかりでも臨場感と緊張感を味わっていただければ幸いです。(作者)
本文
その日の私の勤務は戸倉駅を14:44分発の小諸行き(654M)に乗務をするところから始まった。小諸には15:20に到着し約3分の乗り継ぎで15:23発軽井沢行き(772M)に乗り換える。その小諸行き(654M)がちょうど上田を発車するときに駅の案内放送で地震のため、ただいま上田、篠ノ井間で運転を見合わせていますと言っていたが上田を発車したので問題無しとそのまま加速をしていったのであった。
すぐさま車掌から車内電話でだいじょうぶなんですかと連絡があったが、ここは上田、篠ノ井間ではないし止まれという通告もうけていない、構わず行くぞ。と、小諸目指して突っ走るのであった。中途半端なところで抑止をうけたら面倒だ、なんとしても小諸まで行かねば。
そしてそのまま私の電車は小諸に着いた。小諸では反対側に止まっている軽井沢行きの電車に乗り換える。私の乗ってきた電車は軽井沢から小諸行きに乗ってきた運転士が乗り換えて長野方面へ持っていくのだ(659M)。
そしてその運転士は戸倉までその電車に乗っていけばその日の勤務は終了だったのだが、気の毒に私の乗ってきた電車は折り返し長野行き(659M)になるのだが小諸で運転見合わせとなってしまったのだ。
私の方はそのまま軽井沢行きに乗り換えて定時に発車し、軽井沢へ定時にちゃんと着いたのであった。軽井沢では27分の折り返しで小諸行きとなる(773M)。
しかし小諸では私の乗る軽井沢発小諸行きの電車の到着するホームが無くなってしまうという事態が発生していたのだ。私の到着すべく小諸駅3番ホームには一本前の軽井沢発戸倉行きの電車(2663M)が止まったままそこで出発抑止をうけていたのだった。よって私の電車は軽井沢で抑止をうけてしまうのであったがしばらくして上田〜戸倉間で運転が再開し、小諸に止まっていた電車も順次発車をしたので私の電車も23分遅れで軽井沢を発車するのであった。
小諸の所定到着時刻は16:41。23分遅れだと17:04。しかし小諸では小海線の発車時刻が17:04なのであった。このまま行っては接続が間に合わない。私はオンボロ169系電車に鞭を入れた。この電車は昭和43年頃信越線用の急行型電車として颯爽とデビューして、当時の急行「信州」などとして活躍した由緒正しい電車なのだがいかんせんもう古いのだ。
しかし岡本運転士に鞭を入れられた169系電車は往時を彷彿させる走りを見せ、見事17:00頃小諸駅3番ホームに到着するのであった。それでも20分近く遅れていたのだったが小諸での折り返しは所定で42分もあったので折り返しの軽井沢行き(774M)には全く影響がなかったのであった。
ところで地震は屋代にあるしなの鉄道の地震計は震度5弱というけっこう大きな値を示していたらしい。気象庁の発表では震度4だったらしいがいずれにしても大きな地震だったようだ。そうなると心配なのは自分の家のことだ。家のテレビラックの上には不安定な形でワインのボトルが飾ってあるのだ。もしそれが落っこちて割れたりしたら結構大変なことになるかもしれないのだ。
そんな私の心配とは全く関係なくホームは人であふれていた。私の乗った15:23発軽井沢行き(772M)のあとの16:30発の軽井沢行き(2660M)が運休になってしまっていたのだ。よって軽井沢行きの電車は15:23のあと17:23まで2時間もあいてしまい、更に近隣の学校の下校時間とも重なり大変なことになってしまったのであった。私の電車は満員の客を乗せ定刻に発車した。いつもこれくらい乗ってくれれば儲かるのだろうなあ。
軽井沢には定刻に到着した。今度は折り返し長野行き(2679M)になるのだが長野方面は運転は全線で再開したのだがダイヤが乱れているので不安だ。特にJR篠ノ井線はかなり乱れているようであった。軽井沢駅の信号係の人は2679Mは定時に出発させるけど途中上田あたりで抑止させられるかも知れないね、と言っていた。前途にかなり不安を残したまま私の運転する電車(2669M)は軽井沢を18:14定刻に出発するのであった。
途中の難所は小諸、上田、戸倉、篠ノ井の4カ所だ。特に上田と、篠ノ井はやばそうだ。まず小諸は無事に出発することができた。ちなみに終着長野での折り返し時間は36分もあるので多少の抑止は運転には影響しないのであるが、私としてはその折り返し時間で弁当を食べるという重大な任務があったのでなんとしても定時に到着したかったのだ。
大屋を出発してしばらくして新幹線のガードをくぐり右カーブを曲がると上田駅の場内信号機が見えてくる。「本線場内進行!」やった青信号だ。上田、戸倉を無事に出発していよいよ最後の難関篠ノ井だ。篠ノ井線のダイヤはめちゃくちゃになっているようだ。しかも単線なのでなかなかダイヤが元に戻らないのだ。篠ノ井から先は特急が優先になるので特急「しなの」号が遅れるとすぐにあおりを食ってしまうのだ。
千曲川の鉄橋を渡り右カーブを曲がると篠ノ井駅、場内信号機の中継信号機(なんのことだか判らない人もいるでしょうけど気にせず続けて読んでね)が見えてくる。「中継進行!」やった篠ノ井クリア!。無事に篠ノ井を発車してあとは長野駅の2番線に入れればいいのだ。2番線空いているかな?という私の心配をよそにすんなりと列車は定刻に長野駅2番線に入線するのであった。重大な任務を無事遂行したあと(弁当を食べた)は折り返し20:18発戸倉行き(1682M)だ。これで戸倉まで行けば約45分の休憩があるのでその時間を利用して家に帰って(自転車で約4分)部屋が大丈夫か見に行こうと思っていたのだ。
幸い戸倉までしか行かない電車なので篠ノ井で篠ノ井線が遅れて到着するようなことがあっても接続待ちはしないものと思われる。しかしであった。今井駅を発車すると早くも篠ノ井駅の場内信号機の赤信号が見える。先行列車が篠ノ井で抑止されているのだ。ATSの警報が鳴り響く中、前方の篠ノ井駅から篠ノ井線の下り電車がやってきた。よしっ!これで先行列車がぬけるぞ、と思う間もなく場内信号機は青信号に変わった。
わずかな遅れで篠ノ井に到着。その後はまた169系電車に鞭を入れて終着戸倉には定時到着。急いで自転車で家に行くと部屋は何事もなかったように静まり返り、例のワインボトルも元の不安定な姿を維持したままそこにあったのだ。余震があるといけないので念のためボトルは床におろして置いてまた運輸区へと戻った。
今日は泊まり勤務だ仕事はまだまだ終わっていないのだ。こうして田舎電車の運転士の夜はあわただしく更けていくのであった。