楽しい?遠足登山

「しなちく君、おまえ26日休みか?」と、職場の上司であるK助役に山登りに誘われたのは8/24のことであった。
 K氏はヒマラヤにも行ったことのある本格山男で、以前から我々東京から来た者に槍だ穂高だと言って山へ誘ってはいたのだが、わたくしとしては山はどーもあんまり乗り気がせず、それと高いところは苦手でもあったのでいつも断っていたのであった。
 しかし今回車で1時間半くらいのところで日帰りでしかも軽装でハイキング感覚で行けるところなので是非来いと言う。何でもその山は戸隠山といい蕎麦で有名な戸隠の神社の脇から登っていき、山のてっぺん近くに「蟻の塔渡り」といわれる道幅50センチくらいで両側が切り立った断崖絶壁というすさまじいところがあるという。
 そこはとても危険なところなので(あたりめえだ)無理して渡らなくてもいい、そこで引き返しても構わん。でもそこまで行ってこうゆう所も長野にはあるんだというのを見ておくのも信州のいい思い出になるぞ。蟻の塔渡りまでは途中ガレ場もあるけど2時間くらいで行けるから大したこと無い。
などと言葉巧みに私を誘うのだ。そーかそーなのか、じゃーちょっと・・・と26日はいろいろ予定があったのだが万障繰り合わせてしまったのであった。
 戸隠神社奥社の駐車場に着いたのは朝8時過ぎであった。曇っていて山は全然見えない。9時前頃に出発をする。駐車場から奥社まで約2キロ杉木立の中を歩く。参道沿いに植えられた杉はどれもとても大きく、これ一本で家一軒立つなあなどと呑気なことを話しつつ歩いていくのであったが、奥社が近づくにつれ杉の木の間から戸隠山が見えてくるのであった。
 そしてその山を見たとき思った「だまされた」。山は急峻な崖に囲まれそびえ立っているのであった。
奥社の脇から山道に入り急なところを登っていくのであったが、まあ普通の山道で急ではあったが特に難所という感じではなかった。急な山道を休み休み1時間ぐらい進み、五十軒長屋というところで記念撮影をする。そこは崖の根元の辺りでその根元の部分がえぐれていて人が何人も入れるのであった。
 ここまでの道は山の林の中を抜けていく道であったがどうやらこの先は事情が違うらしいというのが素人にも察しがつくのであった。少し進むと百軒長屋といわれる同じようなところを通る。更に進むと急な斜面に鎖がぶら下がっていてそれを伝ってえっちらと登っていくのであった。
 ひとつひとつの鎖場はそれほど高くはないのだけれど、踊り場のようなわずかなスペースを挟んで次から次へと崖みたいなところが出てくるのであった。そしてある程度登って、ふと辺りを見渡すととんでもない高いところへ来てしまっているのに気づくのであった。今登っているのも崖で、周りも崖だからやたら眺めがいいのだ。とんでもないところへ来てしまった。
 私は悔やんだ。鎖を伝って崖を登るときは上体を崖から離して足元をよく見ながら登るようにと言われたのだが、万が一手が滑ったりしたら崖下へまっ逆さまである。そう思うと言われたこととは逆に崖にしがみついてしまうのだ。手足がふるえているのが自分でも分かった。
 どこがハイキングだー、わたしは泣いたが後の祭りであった。そうこうしながらもどんどん高いところへと進み、それに従い私の口数は減っていった。「降りるときは登るときより怖い」分かってはいるが今は考えないでいる。降りるときであろうが登るときであろうが落ちたらバラバラだ。
 ただ登るだけではなかった。垂直に登ってそのまま崖を水平に鎖づたいに進み人一人分ぐらいの踊り場を経てさらに垂直に登っていったりもするのだ。下を見れば・・・・・「絶句」。

しかしそこを登ると少し広いスペースがあり、そしてその先が例の「蟻の塔渡り」であった。
 K隊長が「よしここでお昼にしよう。ここは危ないから無理しなくていい。ここまでくれば十分だ。みんなよく頑張った。」と言っていたが私としてはもう十分無理をしていた。
 蟻の塔渡りをすぎれば山頂はもうわずかである。普通であればもう少し無理をして危険を冒しても山頂を目指すのであろうが私は全くそんな気にはならなかった。しかしそれは私だけではなく7名の隊員のうち4名は山頂アタックを辞退し最終キャンプでアタック隊の登頂を見守ることにしたのだった(ビビって下で見てただけ)。
 アタックを試みたのは、K隊長と、おじさん車掌のI氏、それと我がしなてつカヌー部の精鋭、A氏であったが、全員長野の人間だ。さすが海は無いが山には強い。
 ちなみに下に残ったのは全員東京から来た者たちだった。山で食べると何でも美味しいなどと言うが、そこで食べたおにぎりは全然美味しくなかった。もう頭の中は下りのことを考えていたのだった。
 行きより難しい。やばい。死ぬかもしれない。マジでそう思った。どおしよう。血の気が引いていった。
 写真を撮ってもらうため蟻の塔渡りのほうへ少し進んでいった。下は両側断崖である。こんなところで立ちションベン出来る人は大物だとよく言うが今の私にはとてもそんなことは出来ない。
 ところがである、急にウンコがしたくなってしまったのだ。みんなに「ウンコするから見ないでねえ」と言って、蟻の塔渡りのちょっと手前の岩陰でウンコをしたのであった。立ちションは出来ないがノグソは出来たのだ。
 さて帰りの時間がやってきた。私はマジで生きて帰れる自信がなかった。最初の崖で早速崖に張り付いてしまい足場を見失い身動きがとれなくなってしまった。下では隊長が「右足をもうちょっと下に出せーそこの窪みに掛けろー」などと言ってくれるのでその通りにやって何とか一つ目の崖を降りた。
 生きて帰れそうにない。鎖をつかむ軍手が滑るので、もし足を滑らせてしまったら、とても鎖にぶら下がっていられそうにないのだ。それを見ていたA氏が私に滑りにくい革の手袋を貸してくれたのだが、それがとてもいいあんばいで、その後の崖は思ったほど苦労せずにどんどん降りて行けたのだ。
 途中JR長野運輸区の若い運転士たちが登ってきていたのだが、市内から近いということもあってけっこうお手軽に来ているのだ。長野人は若い頃からこういうところで遊んでいるから蟻の塔渡りみたいな所でも平気なんだなあと、納得してしまうのであった。
 そして私は相変わらずへっぴり腰で、もし軍手のままだったら死んでいたかもしれないなどと思いながらも百軒長屋に着いたときは生きている喜びがこみ上げてくるのであった。
 私は以前サッカーの練習で靱帯を少し痛めていたので、その後の下り坂は少しきつくはあったけどそこまでの崖の連続に比べれば全然へっちゃらで、無事の奥社へたどり着いたのであった。
 帰路立ち寄った温泉はことのほか気持ちよく、あーこれで私もアルピニストの仲間入りだという実感をかみしめ(うそ)汗を流し、露天風呂にゆっくりつかり外を見やれば、吹き抜ける風はもう秋の気配を感じさせるのであった。
 今日の一言「巧みな誘いに気をつけよう」。