全国花火紀行
夏と言えば花火、花火といえば夏。日本人であれば花火抜きに夏は語れまい。正しい日本の夏を語るに花火はなくてはならないのだ。
そんなわけで今年の夏はしなちくホームページ夏号で予告したとおり6回も花火見物に行ってしまったのだ。
そのむかし、私がまだハタチくらいだった頃、いつかは行ってみたい花火に長岡の花火大会があった。関東甲信越地域に住んでいる人なら長岡の花火大会の名は一度くらいは耳にしたことがあろう。そこでしか見られないような大玉がドンパンあがる日本有数の花火大会・・・。というふれこみで結構有名な花火大会であり是非一度は行ってみたいと思っていたのだがいかんせん長岡は遠かった(当時横浜在住)。
しかし長野に引っ越し長岡がかなり近づいたのでここいらでいっぱつ行くか〜という運びとなったのであった。しかも去年の夏、同じアパートに住む連中が3人も長岡に行って来て「いやはやすばらしかった。あれを見んと花火は語れん」などとほざく始末。花火通を自称するわたくしとしては何はなくとも行かねばならなかったのだ。
8月2日、いよいよその日はやってきた。実はその日は諏訪湖花火大会の自由席券発売の日でもあった。
長岡から諏訪湖に話は飛ぶが、諏訪湖の花火大会というのは諏訪湖の湖上より打ち上げをするのだが、見るのにちょうど良い湖畔の公園はすべてフェンスで囲まれ、中にはいるには入場券が必要なのだ。もちろん外からでも見れるのだが水上スターマインやナイアガラなどの低い花火が見られないのだ。
7月中に売り出された桟敷席や指定席券は数が少ないこともあって毎年販売所には徹夜の列ができてニュースでも紹介されるほどなのだ。ちなみに今年は二日前から並んでいた人も結構いたらしい。
花火を見るに苦労はいとわない私であるがそこまではできないので入手しやすい自由席券で我慢するのである。
そんなわけで8月2日は信濃千曲川通信社のある戸倉町を朝出発してまず諏訪湖にむかい入場券を購入して、そのまま来た道を戻って長岡を目指すというハードスケジュールとなってしまった。
長岡まで車で行くと渋滞にハマって大変そうだったので車は直江津に置いてそこから電車で行くことにした。事前に直江津に住む友人に駐車場の場所を教えてもらっていたのだ。
帰りも直江津なら最悪、夜行急行「きたぐに」に乗れば帰ってこられる。計画に抜かりはない。
長岡駅18時着。折からの雷雨もちょうどあがって夕焼け空も出てきた。初めての所なので場所がよく判らないが人の流れに乗っていくとちゃんと会場である信濃川の河川敷に出た。
時間も結構遅かったので見るにいい場所はみんな取られていたがこちらには新開発「斜面でも楽々座れる装置」(しなちく工房参照)があったので人のいない堤防の斜面に陣取った。
経験したことがないかもしれないが、ちょっとした斜度の所でもずっと座っているのは大変なことで、だんだんとお尻が滑ってしまい、それをくい止めようとするのにかなりの労力を必要とするのだ。
しかし我々にはその新兵器があるので難なく斜面に座ることができた。隣に陣取っていたお姉ちゃんたちはビニールシートごと滑り落ちていってしまい、その場所をあきらめよそへ引っ越ししてしまった。
さて、花火の方であるが見どころは3尺玉、2尺玉、それと尺玉の94連発であろうか。大玉の長岡といわれているぐらいである。
スターマインなどのプログラムとプログラムの間に打ち上げる"つなぎ"の花火も尺玉クラスが打ち上げられる。
しかしであった。我々の見物していた場所も決して悪いところではなかったのだが、いかんせん信濃川の河川敷は広すぎるのだ。
花火は対岸で打ち上げられていたが少し距離があってスターマインなどの迫力が今ひとつなのだ。またスターマインの色使いが結構地味で、派手だけど華やかではないといった感じなのだ。同行のしな子女史もそのへんは大いに不満だったらしい。
肝心の3尺玉も防災上の理由でさらに遠いところからの打ち上げとなり「でかいが遠い」というのが率直な感想なのだ。
ところで3尺玉というのは熊野市の花火大会など方々で最近打ち上げられるようになったが、でかいが決して美しいものではないのだ。どーもうまくまん丸にならないのだ。
そこへいくと2尺玉というのはすばらしい。尺玉の完成された技術と尺玉をはるかに越えるスケールとが一体になっているのだ。
ちなみに尺玉でも充分大きいのだが。今度どこかで見る機会があったら(尺玉を越える花火はなかなか見られない)2尺玉のすばらしさに是非注目していただきたい。
長岡の花火は期待のわりには少し残念であった。原因はやはり見物場所にあったのであろう。スターマインにしても割もの(普通の打ち上げ花火)にしても決してシケた花火ではなかった。
尺玉94連発などは拍手ものだったのだが、至近距離で見ることができなかったのだ。
ずっと近づくには対岸まで渡って回り込まなければならないが、えらく遠いのだ。それでも河原が広いので打ち上げ場所までどれほど近づけるかは疑問である。
そんなわけでちょっと心に燃えかすを残して我々は長岡を後にするのであった。8月7日は地元戸倉の花火大会だ。戸倉花火大会のすばらしさは何といってもその近さだ。もたもた行っても徒歩20分。先日の長岡だったら花火が終わって長岡駅に着いた頃、もう家についているのだ。
そして穴場を知っていて開始直前に行っても打ち上げの至近距離で見ることができるのだ。
今年、8月の上旬は連日のように夕立が降った。そしてこの日も例外でなく6時をすぎても雨は止む気配がなかった。花火というのは雨にはほとんど影響されないものなので、雨で中止ということはないのだが、雨は鬱陶しい。
そして花火といえば浴衣である。女性が花火の時に着る浴衣というのは結構大変な着物なので、遠くの花火大会に行くときなどにいちいち着ていけないのであるが、地元の花火大会ともなればやはり女性は正装でもある浴衣を着ていってもらわねば困るのである。
ちなみに男はジャージである。そんなわけでしな子女史も今年はおNewの下駄まで用意していたのであったが、雨降りでは浴衣は着ていけない。
花火の開始は7時15分である。しな子女史の場合浴衣を着用するのに約1時間もの時間を要するのだ。ちなみに私はジャージを着用するのに約5秒ほどの時間を要する。
リミットは来た。本日の浴衣は中止である。二人は普段着のまま(私はジャージ)出発予定時刻の6時50分まで雨空を眺めた。そして小雨そぼ降る中、傘を差して家を出たのであったが、幸い7時頃には雨は上がった。
花火開始直前に会場に着いたのだが、ついさっきまで雨が降っていたので例年になく人が少なく、かなりいいポジションを取ることができた。
今年の戸倉花火大会はテレビ中継があるのだ。見栄晴も来ているのだ。よって例年になく盛大になるのではと期待したい。花火が始まると実際に例年よりがんばっているなという感じがした。
だが何といっても場所がすばらしい。打ち上げ場所が近いので花火が真上に上がるのだ。尺玉などは大きすぎて視界に収まりきらないくらいだ。
長岡のそれとは大違いであり、しな子女史は長岡の花火よりいいと絶賛していた。確かに至近距離で見る花火は長岡の花火より迫力はあった。
そしてもう一つ、音がいいのだ。戸倉は両側が山になっているので花火の音が反響して大迫力なのだ。音だけなら日本有数の花火大会であろう。
フィナーレを飾る大スターマインも戸倉なりによく頑張り、思わず拍手ものであった。花火が終わり歩くこと約20分。途中スーパーマツヤに寄って(夏は夜10時まで営業)遅い夜ごはんを調達して家に帰った。
近所の花火は楽でいいなあ。8月10日は上田の花火大会だ。去年は市制20周年だか、50周年だかの記念大会で結構盛大にやったのだが今年はどーなのであろうか。
この日は雲行きはかなり怪しかったが珍しく雨が降っていなかったので、しな子女史は念願の浴衣着用である。予定では今年最初で最後の浴衣である。
彼女は1時間ほどかけ浴衣を着用し、私は5秒ほどかけてジャージを着用し、おもむろに出発した。
上田の花火はしなちく花火ミシュランでは3つ星である(5つ最高)。割ものが7寸玉までしか上げないのが痛い。しかし7寸玉でも例によって直下で見れば大迫力である。そしてスターマインは結構いいものを見せてくれるのである。
我々は上田につくと早速花火会場へとむかった。戸倉の花火と同じく全国的に有名な花火ではないので何十万人という人が来るわけでもなく、1時間ぐらい前に着いていればかなりいいポジションを取ることができるのだ。
まだ明るいうちにしっかりと打ち上げ場所を確認しておきできるだけ近くに陣取った。
花火は1センチでも打ち上げの近くの方がいいというのが信濃千曲川通信社の家訓なのだ。
花火はテンポよく打ちあがって気持ちがいい。決して見せ場があるというわけではないのだが、景気良く打ちあがっていくのだ。最近どこの花火大会でもナイアガラというのをやるがここのナイアガラはかなりの小規模で、申し訳程度に、「すみません、そのへんの滝ですう」と、ささやかに火の粉を流すのであった。
しかしプログラムも終わりの方になるとさすがに根性を見せてきて盛大になってくる。フィナーレのスターマインなどはなかなかのものであった。
花火が終わり駅に戻ると上田の駅周辺は人だかりになっているのだが、意外とホームは混んでいなくて楽々電車に乗ることができた。
よその大花火大会(しなちくミシュラン5つ星)などでは入場規制が行われたりして大騒ぎなのだが何とも寂しい限りである。
しなてつも儲かっていないなあ。でもそんな花火大会だったら要員として駆り出されるだろうから当日休んで花火見物などできないだろうなあ。
複雑な思いで戸倉への帰途につくのであった。8月15日、いよいよ待っていました諏訪湖の花火大会。何度も言うようだけど去年は前の日に生水を飲んで食中毒にかかってしまい、行くことができなかったので今年にかける意気込みはすごいものがあったのだ。
数日前より食べ物には細心の注意を払い、水についてもちゃんと塩素殺菌された水道水のみ、飲用として用いたのであった。
その甲斐あってか今年は万全の体調で諏訪湖に臨むことができた。諏訪湖の花火には毎年40万人ほどの見物客が訪れる。戸倉や上田とはケタ違いだ。
我々は入場券を持ってはいるのだが残念ながら自由席券なので、いいところで見るにはそれなりに早く行かなければならない。
しかし我々には例の秘密兵器があるのであえてゆっくり家を出て余裕の諏訪湖入りとなった。
だいたい新兵器「斜面でもゆっくり座れる装置」は諏訪湖花火大会を想定して開発されたのだ。去年と一昨年の9月に行われた新作花火競技大会見物の際、見物にちょうど良い湖畔の公園はほとんど人で埋まっており、空いているのは斜面の所だけだったのだ。
やむなくそこで見ていたのだが、尻がどんどんずり下がってきて何ともよろしくなかったので、何とか解決策を・・・そしてこの斜面を制覇することができれば諏訪湖の花火では、もう場所取りの苦労からは解放される。なんせ斜面はすぐに人が来ないから。そう思い開発されたのだ。
現場に着いたのは6時過ぎ。かなり余裕の重役出勤である。入場券を出し、中にはいるとさすがに斜面も人で埋まっていたが、斜面のわずかな隙間に二人分のスペースは確保できた。新兵器を設置するとあとは打ち上げを待つばかりだ。
諏訪湖の花火はかなり大きな規模だ。打ち上げ数も32000発と公称されている。だが大玉の打ち上げはなく、割ものは尺玉までなのだ。
しかし長野の花火師は技術レベルが高いというので評判なのだ。実際に花火通の岡本氏も唸ってしまうほどの出来栄えなのだ。
全国各地で行われる花火競技大会でも、必ず尺玉は規定競技としてその出来が競われるほど花火師の実力がわかるいわば基準玉なのだ。
そして諏訪湖といえばスターマイン。全国でもこれほど派手なスターマインを見せてくれるところは少ないだろう。
湖上に何カ所も花火の打ち上げ台が設置され、だいたい5カ所ぐらいから同時に打ち上げられるスターマインは迫力満点。視界に収まりきらないのだ。ここのスターマインを見るとよそのはつらい。
そして毎年最後を飾る、Kiss of Fireと銘打たれた水中スターマインは湖上で爆発する半円形の花火と打ち上げ花火とで上下左右で大爆発の超迫力ものだ。
花火が終わり駅に戻ると改札規制が行われていて全然駅には入れない。
当日は臨時電車もたくさんでているのだが全然乗り切れないのだ。上田や戸倉の花火とは大違いだ。やっとの思いでホームに上がるとそこにやってきたのは東京の国電で使っている赤い電車だ。
この日の臨時電車用にわざわざ東京から借りてきたのだ。長野を走っている向かい合い座席の田舎電車と違い、東京の通勤電車は積める積める。鈴なりだったホームの乗客をすべて飲み込んでしまった。
しかし改札規制の行われている駅の外にはまだまだすさまじいほどの人がいるのだ。その人だかりをあとに久々の国電で我々は松本にむかい、さらにその奥地にある家へと帰っていくのであった。
8月17日、8月最後となる熊野市の花火大会だ。今までの花火は比較的近場で行われていたものであったが熊野市はとんでもなく遠い。三重県。それも南端で和歌山県との県境だ。
その熊野市に当日は三重県全域および和歌山県南部よりどどっと人が押し寄せるので、日頃超ローカルな紀勢本線は大変な騒ぎとなる。
我々も当日の特急指定券を入手するために1ヶ月以上前からJRのびゅうに予約を入れておいたのだ。さらに帰りの臨時列車の指定席は当日の朝7時より発売なので、早起きをして出発前に車で近所の篠ノ井駅まで行ってわざわざ入手したのだ。
当日は臨時列車もたくさんでるので沿線には鉄道マニアも大勢繰り出していた。そして我々の乗った特急列車も始発の名古屋から超満員だった。
途中大雨になってしまいかなり心配したのだがちょうど熊野市に着く頃雨は上がった。私の日頃の行いの良さのたまものであろう。
熊野市到着15時43分。花火開始は19時半なので現場で結構時間つぶしをしなければならない。海辺の花火なので浜辺の良さそうな場所を陣取った。
幸い曇り空だったのであまり暑くなく助かった。天気がいいと浜辺なので砂まで熱くなってしまって灼熱地獄なのだ。例によって時折雨が降ってきたのだが花火開始の頃にはすっかり上がっていた。
熊野市の花火のウリはまず大玉が上がる。3尺の打ち上げと、海上に固定した3尺玉をそのまま爆発させる海上自爆がある。去年は2尺玉4発の海上自爆もあった。
そして何といってもフィナーレの鬼ヶ城大仕掛け。鬼ヶ城といわれる岩場に直接仕掛けられた花火を爆発させ大音響を響かせながら、さらに空中にはどかんどかんと、2尺玉をまじえた大玉がこれでもかと言わんばかりにはじけ散る。そんな大仕掛けが例年延々13分も続くのだ。
そして期待に胸ふくらまし花火は始まった。今年改めて思ったのだが熊野市のスターマインはえらく迫力があるのだ。始まりは普通のスターマインなのだが必ず最後は大玉の連発で締めくくるという、由緒正しくも見応えのあるスターマインが次々に行われていった。
しかしあえて難点を言わせてもらうと玉の出来が今ひとつで、わっかが二重に見える八重芯などの玉では内側のわっかがちゃんと中心に入っていないものが多く見受けられた。
このへん、信濃千曲川通信社は花火にはうるさいのだ。またこの件についてはしな子女史もしっかり指摘していた。
そして当花火大会の目玉のひとつ「3尺玉の海上自爆」。「点火しました〜」の合図から約60秒後、いきなり海上で大爆発。音もすごいし迫力満点。そのあと行われた3尺玉の打ち上げ花火よりはるかに迫力があるのだ。
最後はお待ちかね鬼ヶ城大仕掛けだ。今年は2部構成となっていて、1部は熊野の四季や花をイメージした花火が次々と打ち上げられた。そして2部は恒例の岩場での大爆発と10数分間の打ちっ放しだ。岩場で爆発する花火も打ち上げられる花火も大きな玉ばかりで迫力満点。延々と打ち上げられるので「も〜ゆるして〜」と叫びたくなるくらいの絶叫もんだ。
大興奮と大拍手の中、今年の熊野市花火大会も終わった。フィナーレがすごいと終わったときの興奮の度合いが違うのだ。このへんはナイアガラで終わってしまう諏訪湖の花火も少しは考えていただきたいものだ。
しな子女史も今年の花火の中で最高と称していたが、それを聞いて私もほっとした。熊野市の花火は行き帰りが半端じゃなく大変なのだ。遠いいし混むし、それに暑いし待つし、雨も降るし。
それでも私は花火マニアなので根性で行くが、しな子女史は今回半ば強制連行されたクチなのだ。それで花火がいまいちだったらあまりにも酷であろう。
花火は楽しく終わったが熊野市花火の恐怖はこれからなのだ。帰りの電車、駅がめちゃくちゃに混むのだ。
もともと熊野市に通ずる紀勢本線は非電化単線のローカル線だ。そこにいきなり十万人を越える人がやってくるのだからたまらない。
例年花火の終了は遅く9時45分頃なのだが、駅は0時をまわってもごった返しているのだ。今年は幸い帰りの列車の指定券を持っているので座って帰れるのだが指定の列車は23時56分発だ。実際には発車はもっと遅れるだろう。
11時くらいまではゆっくり浜辺でうたた寝をして過ごした。人のほとんどいなくなった浜辺は後片づけをする屋台のお兄ちゃんや2次会に突入する若者たちの声などでまだ花火の余韻が残っている。
毎年この時間になると雨に降られるのだが今年は降らなかった。昼間降りすぎたのかもしれない。
そして11時を回ったのでおもむろに駅に行くがやはりまだ大混雑である。指定券を持っていたのであまり苦労することなく列車に乗れて帰途についたのだが、終着の亀山駅に着いたのは午前3時である。5時の名古屋行き列車まで待合室のベンチで横になって待つ。
夏になると青春18切符などを使い、こうやって夜を明かしながら旅をする若者をよく見かけるが(私もよくやった)30過ぎのあんちゃん(私のこと)や若い姉ちゃん(しな子女史のこと)のすることではない。
しな子女史は私との結婚を後悔しているかもしれない。
6時過ぎようやく名古屋駅に着きしな子女史は特急しなの1号で長野にむかったのだが、私はなんと電車の写真を撮るため岐阜へ一人で行ってしまったのだ。しな子ごめん。ゆるせ。男には男の道があるのだ。暦は9月に変わりつい先日までうだるような暑さだったのがうそのように涼しくなってしまったのだが信州の秋はこのように突然に訪れるものなのだ。
そして毎年9月の第一日曜日に夏の終わりを告げるように、諏訪湖新作花火競技大会が行われるのだ。
この花火大会は全国の花火師が工夫を凝らした新しいタイプの花火を打ち上げ、その出来栄えを競うものなのだ。
花火は花火師の選んだBGMに載って打ち上げられる。どれもただ丸い従来の花火ではなく、花をかたどったり或いは詩情的なものをイメージして作られたようなものばかりで、同じ諏訪湖の花火でも8月15日の花火のような派手さはないけれど、芸術的なじっくり見る花火なのだ。
ちなみに私は従来の丸い花火が好きなのであるが。そして私のようなものでも満足できるように競技花火の合間に結構見応えのあるスターマインを見せてくれる。
当日18時頃上諏訪駅に着いた。8月の花火大会のような大混雑なく結構すいていたのだが、さすがに現場に行くとえらく混んでいて秋とはいえ花火大会特有の盛り上がりを見せているのであった。しかしいくら秘密兵器「斜面でも楽々座れる装置」があるといえ18時の到着というのは遅すぎるのであろうか。
現場に着くとまず秘密兵器を設置して見物場所を確保して、おもむろにパンフレットを買いに行く。この花火大会はパンフレットがないとかなり寂しいのだ。でも私はどの花火大会でも必ずプログラムの載ったパンフレットを入手するようにしている。
次に打ち上がる花火の種類がわかると心の準備が出来るし(なんのこっちゃ)その花火大会のヤマ場を把握することが出来るのでとてもいいのだ。みなさんも花火大会にお出かけの際はパンフレットを入手することを是非おすすめしたい。
かなり肌寒い気候の中花火は始まった。二人とも長袖着用だ。まずはオープニングのスターマイン。諏訪湖ならではの5カ所ほどの打ち上げ台を同時に使う派手なものだ。そして競技花火に入る。
競技は一人の花火師(煙火店)が7寸玉3発、1尺玉2発をBGMに載せて打ち上げる。それぞれの花火師が思考をこらした花火なので、それぞれに特徴や見応えがあり。いい花火には盛大な拍手がある反面、イマイチだった花火の時はなんの反応もないという結構シビアな観客の反応もおもしろい。
また演出も結構大切で最後の一発をあまり凝ったものにせず、丸くてでかい迫力のあるものにすると会場のウケがいいようだった。やはり最後は派手にというのが花火の基本なのだ。
競技大会であるから当然順位がつけられるのであるが、観客はほとんどそのことには関心がないようである。しかし私としては地元信州の花火師、それも地元戸倉の花火大会を毎年担当している、「信州煙火」と「武舎煙火」には頑張っていただきたいのだ。
この日は風が観客席の方へ流れていたため火の粉や花火の燃えかすなどが降ってきてなかなか臨場感があって良かったのだが、翌日の新聞によると火の粉を浴びて火傷をした人が一人いたらしい。たしかに見ていたら結構大きな火の粉が落ちてきたりしていたからなあ。
競技花火の結果発表は最後に行われるのであるが残念ながら毎年帰りは忙しいのでとっとと駅に行ってしまい判らずじまいで、翌年のパンフレットを見て前年の順位を知るのであったが。
競技がすべて終わったあと最後を締めくくるのが諏訪湖名物Kiss of Fireだ。8月15日のそれと同じく大迫力で見る者を魅了してくれる。
そしてこれを見終わると信州の夏は本当に終わり、秋が訪れるのであった。