4月22日

 座間味の夜
 夕食後は、ヤドカリを探しがてらキャンプ場周辺の海辺を散策するのが夜の過ごし方だった。
 空には満天の星が見えるかと期待していたが、月が明るすぎて、かろうじて惑星が見える程度・・・。半月なのに、月明かりではっきりと影ができる明るさなのだ。
 最後の夜、2時頃目が覚めたので、星を見に出てみた。月はほとんど沈んで、見える星の数が増えている。プラネタリウムのような星空とはいかないが、海の上に浮かぶさそり座、天の柄杓のおおぐま座、少し低い位置の北極星・・・とおなじみの星座を見つけることができた。
 海辺の夜空は、広くて、大きくて、深く見える。不思議だ。
 
 テントと寝袋で寝るのも4晩目である。クッションがないので腰が痛くなってくる。
 しなちく氏によると、ホテルに泊まってしまえばどこも同じだが、テントで寝ていると、風に揺れる木の葉の音、波の音、硬い地面の感触などで、沖縄に来てるんだな〜、と実感できるのだそうだ。
 確かにその通りなんだけど。よくわかるんだけど。腰痛いよう。(キャンプ初心者)


 撤収開始
 海を眺めながら軽い朝食をとる。
 風景を心に焼き付けておこうとするように、二人は言葉少なである。
 「ずっと、このままここにいたいね・・・」
 黙っていても、二人の思いは同じなのだ。
 この楽園で、ずっと遊んで暮らしたいのだ。
 しかし現実は厳しい。帰らねばならない。全国の信濃千曲川通信社サポーターのために。

 いよいよ、テント撤収。
 同じ場所に置きっぱなしだった黒いバッグをどかすと、下側に白っぽい粉のようなものが。
「ねえ、何この白いの。」
「・・・・かび?」
 ひええー、である。確かに初日はしっかり雨が降ったし、その後晴れたとはいえ木立の中なので、湿気がそのまま残っていたのだ。気付かないまま、かびちゃんと一緒に暮らしていたのである。変な病気にならなくてよかった。


 座間味島とお別れ
 荷造りを終えて、港へ向かう。太陽に向かって歩いているので、午前9時といえども、暑い。しかも帰りなので、荷物以上に、足取りが重い。

 那覇行きの高速船「クイーンざまみ」は、10時10分、ありがたくも非情なことに定刻に出港した。
 民宿やダイビングショップの人など、岸壁からいつまでも手を振ってくれている。走ってきて海に飛び込む人もいる。見送りのセレモニーだ。
 テント滞在の我々には見送ってくれる人はいないが、島で過ごした時間、青い魚やハリセンボンやヤドカリや月明かりの浜辺のことを思い出すと、涙が出そうになった。
 船が港を出て、毎日集落へと歩いた海岸沿いの道が見えてきた。そして、白砂の阿真ビーチが。
 しなちく氏が、「隣のテントのお兄ちゃんが手を振ってる」なんて言うので、ホントに泣くかと思った。遠くて、人影なんか見えるはずもないのに。ちょっと世間話をしただけで、彼と特別仲良しになったわけでもないのに。
 ただ、島で過ごした全てが愛おしく、手放すのが、つらかった。


 1時間ちょっとで、船は那覇・泊港に着いてしまった。
 タクシーで那覇空港へ。
 この日、我々が利用する航空会社だけ、システム故障のため搭乗手続きが手作業になっており、離陸が遅れるほど時間がかかった。幸い、早いうちに並んで手続きを済まることができたので、売店を冷やかしたり、飛行機の離着陸を見学する余裕はあった。
 しかし、航空会社の職員がシステム故障や離陸の遅れを謝罪したり、乗客が文句を言ったりしている様子を見ていると、自分も仕事のことを思い出してしまう。南の島でくつろいでいた頭が、仕事の頭に戻っていくのがわかる。
・・・今更ながら、島では全くと言っていいほど仕事のことを思い出さずにいられてよかった、と思う。
 あれほど心地よく、平穏で、ストレスのない時間を、またいつ過ごすことができるだろう?

 18時、羽田空港から、モノレールで浜松町へ。
 帰宅ラッシュに近い時間帯で、人が多い。スーツの人々の中を、大きな荷物を持って、いかにも遊んできましたという姿で歩いているのは、申し訳ないような気もする。

 東京駅から、19時16分の新幹線で長野へ。
 夢の世界から現実の世界へ帰還する旅は、崎陽軒のシウマイ弁当を食べていても、どこか味気ない。

 21時30分。無事、帰宅。
 旅は、終わりぬ。

<完>

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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